短編・歌詞

□りさねる
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「あ…」



川辺のバス停で
よく見かけるあの子。


えんじの制服に
内巻きがよく似合う。



「あ、あの…」




『…』




「風邪、ひいちゃいますよ…?」



声をかけてもその場から
動こうとはしない。


それは俺たちの出会いだった。


降り出した雨の中を傘もささず
たたずむあなたに声をかけた。


俺はさしていた傘に入れてあげる。



よく見れば、彼女の頬は
雨だけで濡れているわけではなさそう。


でも、初対面だからと思い
理由は聞かずにバスが来ても
見逃して、俺たちはただ
その場にいた。


バスと時間だけが動いていた。



『ごめん、なさい…』




「え…?」




『ごめんなさい…』




「あ、いや…
ただ、勝手にやってるだけなので…
気にしな、」




『私と、いると…
不幸になるから…』




「え…?」









「ねる、朝だよ」




『んー…』




「フフッ、いつまで経っても
朝弱いよね」




『うるさい…』




「今ならリビングまで連れて
行ってあげますけど?」




『いく…』




「おいで」



めぐりめぐる季節が俺ら2人を
重ねるように近づけた。



あの日、彼女が言った言葉。


『不幸になる』


当時付き合っていた彼氏に浮気をされ、
その話を聞いた周りは彼女が
先に浮気をしたからと噂を起て、
両親は突然、離婚し。


仲良かった友達に全てを話せば
一緒にいるとなにか不幸がありそう。
そう言われ、
距離を置くようになったらしい。



ただ、風邪をひくからと
傘に入れてあげただけなのに、
見ず知らずのそこらへんの学生なのに、
こんなことする立場じゃないと
分かっているけれど、
俺はいてもたってもいられず
彼女を抱きしめた。


彼女の制服が濡れているなど
全く気にしなかった。


とにかく、強く逃げないようにと
抱きしめたんだ。



そして、彼女とずっと一緒にいると
自分の中で誓った。


その気持ちを彼女に伝えれば
自分勝手な理由にもかかわらず、
傍から見れば同情しているように
見えるはずなのに、
彼女は理解してくれて、
ただ頷いてくれたんだ。







川辺のバス停に迎えにいく。



『理佐!』



着慣れないスーツに
黒髪がよく似合う。



「おかえり」




『ただいま』




「帰ろっか」




『うん』




「その前に買い物行こ」




『今日何にするの?』




「何がいい?」




『今日寒いから
お鍋がいいなぁ』




「フフッ、そーだね」



入社式を終えた彼女。


迎えに行くから待っててって言えば、
あの時俺たちが座っていたベンチに
何も変わっていないベンチに、
腰掛け遠くを眺めていた。


声をかければ、
こちらもまた変わらない笑顔で
手を振ってくれる。



『んー、疲れたぁ』




「シャワー浴びてきちゃえば?」




『ううん、ご飯一緒に作ろ?』




「少し休みなよ」




『いーやー』




「なんでー」




『りっちゃん、ずっと家事やっとるやん』




「学生ですから」




『じゃあ、社会人の言うこと
ちゃんと聞くけんね』




「フフッ、生意気だ〜」




『やーめーてー』



2人で部屋を借り、
2年が過ぎた今
この幸せな日々を守りたいと思った。





ピヨピヨッ…


『小鳥が出てきたねー』




「ね」




『もう少ししたら
暑くなるのかなー?』




「きっとなるよ」




『ずーっと春がいいなぁ』




「どーして?」




『りっちゃんと出会えた季節やけん。
あの時のことずっと思い出せるやん』




「フフッ、そーだね」



部屋の窓を開け、
入ってくる日ざしに当たりながら
彼女と季節を感じていた。


そしたら、彼女は
あの時のことを口にした。


あぁ、春って俺らにとっては
特別なんだな。


そう思えた。



『ねぇ、りっちゃん』




「んー?」




『これからも一緒にいようね』




「…うん」



春の日差しを背に、
彼女は俺にそう言った。


春の日ざしは、彼女の一言は、
俺の決意を伝える勇気をくれた。








カーンッ…カーンッ…!



遠く、遠くの空へと
鳴り響くチャペルの鐘。


今聞こえる鐘の音が俺らを包みこむ。



ドアが開いた瞬間、
眩しい光とともに
いつもと違った彼女が
そこにいた。


ドレス選びは一緒に行った。


でも、その時よりも綺麗だった。


理由は分かる。
ここが教会だから。
俺もタキシードを着ているから。
牧師さんがいるから。
今日が、特別な日だから。



『フフッ、緊張しとる?』




「そりゃ、するよ」




『そんなしないでよー
ねるまで緊張するやん』




「ごめんって」



ねる。
恥ずかしいから、口には出さないよ。
でも、きっとあなたには届くはず。
だから、しっかり聞いといて。

俺の最初で最後の恋は、
あなたとだけだから、
僕を隣で観てくれませんか。

変わらぬ愛と笑顔のままで
どんな未来が待ってても、
君と生きていきたいんだよ。



(誓いのキスを)




『なんか、恥ずかしいね』




「フフッ、そーだね」




『これでもっと人がいたら
理佐の顔が赤くなるけん』




「バカにしないで」




『フフッ、ごめんね』




「ねる」




『ん?』




「何度も手放しかけて、
何度も泣かせてごめん」




『え…?』




「それでも、そばにいてくれますか」




『フフッ、はい…!』



何年も何年もかけて、
俺たちの愛はやっと形になった。



それに、ねるにとって
決して失わないものも
たった今完成したんだ。



「ねる、外行こ」




『うん』



彼女の手を引き、扉を開けて
外へと出る。


そこに居たのは…



『『『おめでとう!!』』』



俺の友達だった。



『おめでとう!2人とも』
『りさ、意外と似合うじゃん』
『うっわ!ねる可愛い!』
『こーら、まなき』
『ぺーちゃん、嫉妬するよ?』
『フフッ』


守屋、平手、まなき、
由依、おぜ、ぺーちゃん。


傍から見れば、
結婚式にこれだけなんて
少ないかもしれない。


でも、これだけでいいんだ。



『みんな…』




「ごめん、勝手に呼んだ。
高校の時から
結婚式に呼ぶって
約束してたから」




『フフッ、
理佐、ありがとう』




「フフッ、いいえ」



来てくれる友達が少なくとも
俺らは誰にも負けないくらい
幸せだから。

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