歌の翼
□抑えられない感情もある
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温かい布団の中、珍しく俺は少しだけ遅く起きると、下から仲良さげ声が聞こえてくる
『えいっ、やぁー』
『…お前、もっと感情込めてよめねーのか』
『ここをどうやって感情を込めろと言うのさ!』
"擬音語まで読むのは結構ムズいんだよ!"と、少し拗ねたようにしながらも心中では楽しんでいることが分かる愛しい人の声
その声に俺は少しだけ眉をひそめながらそっと下へと降りて行った
「で、」
「ちょっと待って。今解読中…――」
扉からそっとリビングを覗けばソファーに座り、漫画を持つ黒様に後ろから抱きつくかのように歌羽ちゃんがそれを除きこんでいる
どうやらここの文字が読めない黒様の為に漫画を読んであげているらしい。きっと頼まれたんだろう
小狼君のようにいろいろな文字を知っている歌羽ちゃんだがなんでもかんでもさらさら読める訳ではないのか、少々解読に戸惑っている。そんな彼女を少し見上げながら"小僧に読んでもらうんだったな"、と本心では思っていないくせに嫌みをたたく黒様に歌羽ちゃんは頬を膨らまして"すみませんでしたねー"と睨んだ
その距離ほぼ0
俺の場所からは睨みあっているようにしか見えないが、場所によっては二人がキスしているように見えるだろう
そんな二人を見て、俺はいてもたってもいられなくなり扉を開けた
「おはよー」
ガチャリという扉の開放音に睨み合っていた二人は同時にこちらを向き、そしていつものように俺へと返答した
「おう」
「おはよっ!ファイ」
素っ気ない言葉と元気な明るい声が重なって返ってくる所から察するに、二人は自分達が先程どのような格好だったのかに気づいていないらしい。"ファイが最後なんて珍しいね"といつもと変わらない様子で話しかけてくる彼女に合わせて俺も平静を装おい笑顔を返した
「そう言えば小狼君とさくらちゃんとモコナはー?」
「買い物んだ」
「かれこれ2、30分はたつからそろそろ帰ってくると思うよ」
"あ、ファイの朝御飯は冷蔵庫の中だよ。温めて食べてね"と俺へと笑いかけてくる歌羽ちゃん
その笑顔が、俺にだけに見せる愛らしいものだと言うのは自惚れではない事実。そして彼女が自分を一番に想ってくれていることも理解している
だけど、それでもやはり抑えられない感情というものもある
解読できたのか続きを読み始める歌羽ちゃん。黒様の要望通り感情を込めながら読もうとするせいか、時々ソファーから身を乗り出したりしている
そのせいで服が引っ張られて顔に似合わないほど発育された胸元が見え隠れしていた
それも黒様の顔の隣で
それに彼も気がついたのか、俺の目線に気づいたのかはわからないが、黒様はばつが悪そうに体を強ばらせ、そして俺に口パクで伝えくる
"俺はわるくねぇーからな"
と
額に冷や汗を浮かべる黒様とは正反対に事態を全く察しず今も直、真剣に朗読に精を出している歌羽ちゃんをチラリと見た後、俺はその場を離れた
黒様ににこりと笑顔を返しながら
冷蔵庫には歌羽ちゃんが言ったように俺の朝御飯が用意されていた
それを取りだして彼女に言われたように温め直しながら俺はズキズキと痛む胸をぎゅっと掴む
あれは不可抗力であり、あの距離感は歌羽ちゃんの無自覚。漫画を朗読するのにはあの方が読みやすいと判断しんだろう
きっと、ソファーに座っているのが黒様じゃなく小狼君でもさくらちゃんでも、そして俺でも同じことをするはずだ
あれが歌羽ちゃんの作戦ならそれはそれで対処のしようがあるのだが…無自覚となると小言すらも言えないから本当に達が悪い
―まぁわざとでなくても許さないけど―
「ねぇ、ファイー聞いてよ!黒鋼ったら酷いんだよ!」
そんなことを脳裏から離れない二人の姿を浮かべつつ一人もんもんと考えていると、ご立腹の歌羽ちゃんが俺に後ろから抱きついてきた
ふんわりと香る歌羽ちゃんの香りは、俺にとってはもしかしたら媚薬かもしれない
くらくらとするその甘い香りに俺はうつ向く
「読めって言ったくせにいきなり"もういい"とか言っ、て……ファイ?どうしたの…?」
黙り混む俺を除きこみ見上げる愛しい人。俺がもう少し屈めば当たる距離。でもその距離は、先程の二人よりは遠かった
それに気づいたとき、俺の中で抑えていた気持ちがプツンッと切れる
彼女は何故気づかないんだろうか
俺がこんなにも君のすること一つ一つに悩まされている事に
―どうして…君は俺以外の人間に近づこうとするの…?―
「――…どうして…」
「へ?ひゃっ、ファ、んっっ‥!」
上目づかいで心配そうな表情を浮かべるその顔を固定し、俺以外の人間の話をしようとするその可愛らしく憎たらしい唇をむさぼるように犯す
目をそっと開ければ恥ずかしそうに目をぎゅっと瞑りながらも俺の気持ちに答えようと必死になる姿が写る
可愛らしく赤くなった耳にそっと撫でるように触れればビクンッと歌羽ちゃんの体が反応する
―もっと、俺を感じて―
抑えが利かなくなり、すぐそこに黒様がいると分かりながらも手を耳から鎖骨まで降ろしていき、優しくなぞったそのとき
「たっだいまー!!」
「ただいまです」
「ただいま帰りました」
リビングから賑やかな声が聞こえてきた
その声で我に返ったのか、歌羽ちゃんは目をそっと開けて"止めて"と訴えてきた
その軽く涙で潤む瞳に俺は頭が真っ白になるのを抑えてやっとの思いで離れる
流石にこんな姿をあの三人…二人と一匹に見せる訳にはいかないから
溜まった涙をごしごしと袖で拭き取り、恥ずかしさを隠すように皆の元へと歌羽ちゃんは向かう
そんな彼女を一瞬引き止め耳打ちしてから今は仕方なく開放することにした
「これで終わりじゃないからね。続きはまた夜」
林檎のように真っ赤にした顔で目を見開く彼女に、俺は妖艶に笑いながらペロリと自分の唇を舐めた
(あれ?歌羽ちゃんなんか顔赤くない?)
(本当ですね。どこか体調でも…)
(そ、そんなことないよ!きっとさっきまで黒鋼と言い合いしてたからちょっと熱がこもったのかも)
(…俺のせいじゃないだっっ……!)
(あれ?どうしたの黒鋼)
(っ…小娘、てめぇっ)
(うふふ♪今日も皆元気、元気!)
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