歌の翼

□最後の世界
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お風呂から出て自室に入ると、壁に備え付けられた服かけには侑子さんのお店に置いてきたはずの制服がかけられれいた。その下には存在すらも忘れていた鞄までもが

どういう経緯かは分からないけど、多分侑子さんがお祖母ちゃんに送ってくれたんだろう

綺麗にアイロンがけまでされている制服からは侑子さんの店の香りがする。それに懐かしく思いながらスカートのポケットを探りあるものを取り出した
それはずっと圏外になっていた携帯

持っていると写真などで帰りたい気持ちが増すため、ずっとスカートのポケットに入れっぱなしにしていたもの

久しぶりに触る携帯の感触に初めてこれを買って貰った時の事を思い出しながら電源を入れると

ブーブーブーブー―――

というバイブ音が暫くの間鳴り続けた

電話の着信やメールがひっきりなしに受信される。それはもう、携帯が壊れるんじゃないかと心配になるほどに

やっと鳴り終わり静かになった携帯。受信の多さに呆気に取られつつ、恐る恐ると言うように私はまずは誰から来ているのかと確認してみると、それらはほぼ全て優と相沢からのもので占めていた

どこにいるの?
大丈夫?
会いたいよ
早く帰ってきて

そのような言葉が毎日。いや、一時間に1回とも言えるペースで送られてきている。心配してくれることに嬉しく思う反面、心配させて申し訳ない気持ちにもなる

そう言えば、私ってここの時間で言うとどれくらいいなかったんだろう?

一度携帯の画面を消し、そしてまた点けて日にちを確認する

8月31日

そう画面は私に日にちを教えてくれた
えーっと、確か飛王に襲われたのが試合があった二日後だから21日で…え、

「たった10日!?」

あんなに長く濃い時間がこっちの世界ではたったの10日しか経ってなかったなんて…一応誕生日まで迎えたのに

驚きすぎる時間のずれに驚愕しながらメールを読み進める

10日
確かに短い。でも

「…待ってる人間にとっては長い、か」

もし自分が優の立場なら…直ぐにでも会いたい、よね

お風呂上がりの火照った体をベットから起こし、携帯を片手に目のついたパーカーを羽織ながらバタバタと階段をかけ降りる

「お祖母ちゃん、ちょっと出掛けてくる!すぐ戻るから!!」

お祖母ちゃんの了承も受けず、私はもうほとんど日の傾いた外へと走り出した。行き先は勿論、優の家

私の家は隠れ家の様に森の中に建っている。だから賑わう商店街や住宅地からは少し遠い。でもかと言って通不便ではない。道もちゃんと舗装されてるし、自転車をとばせば20分も経たずうちに駅に到着する。幼馴染みである優の家なら走れば15分で着く
この世界を出る前、自転車がパンクしてしまい店に持っていく前に旅立ってしまったから自転車は使えない。使えたなら5分―信号に捕まらなければだけど―で到着できたのに
内心舌打ちをしたい気持ちを抑えつつ、私は夏の終わりを告げるように鳴く虫達の声がする中、全力走った

旅のお陰なのか、前よりも体力がついたようで息切れが少ない。そのことにありがたく思いながら到着した優の家を見上げ、スウェットのポケットから携帯を取り出し電話をかける
目の前の家に住む親友に


「もしも‥「歌羽!?」うん、久しぶり」


コール音が2回、鳴り終わるか終わらないか位に優は電話に出る。"もしもし"という電話の切り出しを無視して私かどうかの確認を取る優に私は苦笑いした

「久しぶりじゃないでしょ!?今何処にいるの?!」

優にしては珍しく声をあらげて言葉が紡がれる。携帯を耳から遠ざけないといけないほどの音量で

「窓、開けたら分かるよ」

「え!?」

カーテンまでも閉められた二階の窓。それが私の言葉のすぐ後に開け放たれる





「ただいま、優」






やっと会えた大好きな親友。回りの暗さと部屋の逆光で優の顔は見えない。でも、顔を少し持ち上げる仕草で何となく泣いている事がわかった

私の姿を見るなり直ぐに部屋へと戻り、窓は開け放たれたままで外まで響くドタバタとした音の後に玄関の扉が開けられた

やっとしっかり見ることの出来た親友は、疲れたような顔をしていた。少し痩せた様にも見える

「バカ歌羽!!」

そう暴言を吐きながら靴さえも履かずに優は私に飛び付いてきた。それを当然私はしっかりと受け止める

「ごめんね」

「本当よ!何処か行くなら行くって一言ぐらいかけてよ!!あの時、どれだけ心配したかわかってるの?!」

涙を流しながら優より小さい私に覆い被さるように抱き締めてくる優。少し力が強くて痛いけど、それほど心配をかけたということ

「うん、ごめんね。ありがとう、心配してくれて」

「!‥次こんなことしても心配なんてしないからね!探したり、メールとかもしないんだから!!」

前の私ならごめんとしか謝らなかっただろう。迷惑かけた。そうずっと思い、謝罪しかしなかったはずだ。でも、モコナ達が大切なことを教えてくれた。迷惑と心配は違う。大切だと思うから心配する。私が、大切な人を心配するのと同じように

鋭い優は多分気づいたと思う。私の、小さな変化を
だからそれに驚いたように抱き締める力を一瞬緩めた

私がいなくなったのにはちゃんとした理由があり、そしてそれは自分には言えないことなんだと悟りながら。だから、"次"って言った。理由も聞かなかった。もし、次同じような事になったら、その時は、教えて。そういう意味を込めて

「うん、わかってる。今度同じような事になったらその時は、優にだけはちゃんと説明するよ」

「…絶対だからね」

やっぱり聞いちゃいけないんだね

そういう意味を込めたように、私から離れて優は苦笑いした
異次元がある。そう優が知ったところで何も変わらないだろう。けど、この旅の事を話せば、私の存在意義までも話さないといけなくなる。優しい優はきっと、私の為に泣いてくれる。だから、言わない。言いたくなかった

「うん」

「明日の学校、覚悟しといた方がいいよ」

「う゛…それは遠慮しときたいかなぁ…」





その次の日、先輩や先生、相沢や私の失踪を知っている人から長いながーい説教と質問攻めにあったのは言うまでもなかった
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