短編集
□ヘタレ卒業
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太陽がほとんど姿を消し、今日という日の終わりも近付いてくる。
名無しさんを家の前まで送った土方は、持ってあげていた荷物を渡してやる。
「土方さん、今日はありがとうございました。非番なのにわざわざお付き合い下さって。楽しかったです」
綻ぶような柔らかい笑顔に、土方は柄にもなく胸がときめいた。
「イ、イヤ…いいってことよ」
土方は煙草や火をつけ、名無しさんにあたらないように煙を吐き出した。
「なんだ、その…俺も楽しかったしな」
「本当ですか?よかった…私、自分ひとりが楽しんでいたのならどうしようかと…」
顔を赤くしてにっこりと笑う。
「土方さんも楽しんでくれていたなら良かったです」
土方はガシガシと頭をかいた。
あぁぁぁぁッ!クソッ!なんでコイツはこんなに可愛いんだっ!!
誰だよっ!こんな可愛い奴を目の前にして、手を繋ぐことから何も発展させらない男はっ!
俺だよッ!!
「ハァ…」
つくづく自分のヘタレっぷりが情けないと思う。
「土方さん?私何か…気を悪くすること言っちゃいましたか?」
目尻を下げて、心配そうな顔で土方の顔を覗きこんだ。
いきなり目の前に愛しい女の顔が現れて驚いたが、それと同時に、土方はどうしようもなく名無しさんを抱きしめたくなった。
ピクッと指先が動いた。しかしただ動いただけで、名無しさんの体に手を回すなんてできなかった。
「ひ、土方さん…?」
とうとう名無しさんは目が潤んできてしまった。溜め息をつかれたうえに、問い掛けにさえ答えてくれないのだ。どうしようもなく不安になってしまう。
「イヤっ、違うんだ名無しさん!えっと…ちょっと考え事しててだなぁ…」
「考え事…ですか?」
少し口を尖らせた。私と話していたのに考え事なんて、と。
「何を考えていたんですか?」
「あ…いやぁ、まァ、いろいろだ」
土方は名無しさんと目線をずらしてしどろもどろに答えた。
「いろいろってなんですか?例えば?」
「これからの日本のこととか…」
「うそ。土方さん、困ったり誤魔化したりする時、絶対私の目を見ないですもん!で、本当は?」
「え〜っとだなぁ…」
今日、名無しさんと一緒に出掛けられて良かったとか、そういう無難なことを答えようとしていた。
しかし、焦っている時は意外と本音が漏れてしまうものだ。
「今日、名無しさんを帰したくないって思って……た…」
途中で気が付いた。自分は何を口走っているのだと。
「ち、違うぞ名無しさん!いいい今のは決してそういう意味じゃなくてだな!イヤ、どういう意味かと聞かれても困るが、その、アレだ!えっと…」
あれよこれよと必死に考える土方を見ながら、名無しさんは言った。
「それ、本当ですか?」
誤魔化す為か、あくせく動かしていた手をピタリと止め、土方は名無しさんに向き直った。
「私を帰したくないって…それ、本当ですか、土方さん。冗談じゃ、ありませんよね?」
名無しさんは俯いていたが、それでもわかるくらいに真っ赤になっていた。
愛しい。
土方は素直にそう思った。
「あぁ、冗談なんかじゃねぇ。名無しさん、今日は俺んとこ泊まりに来い」