枯れるまで愛して**


□戸惑いの時間
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夏は更に更に深まっていって
いつも通りの日々

まさかあんな事が起こるなんて
この時はまだ知る由もない


















**********



「………あれ」



よく晴れた日の昼下がり
夏もまだ終わる気配もなく、今日もまだまだ暑さが厳しい

一人駅前を歩いていた愛は、とある喫茶店の前でふと足を止めた

(……あれって……)



店のガラス越しに見えた見慣れた人物に、愛は思わず首を傾げた


「ありがとうございましたー」

「じゃあね〜悠馬ちゃん」

「また来るわね〜〜」



丁度店の扉が開かれ、そこから二人の女性と、悠馬ちゃんと呼ばれたウエイトレス_______同じクラスの磯貝悠馬が出てきた





「磯貝…君?」

「あれ、西森!?」


ペコッと頭を下げていた磯貝は、顔を上げた時にばっちりと目が合った愛を見て、驚きで目を丸める

「やっぱり磯貝君だ。何してるのこんな所で」

「えーっと……ちょっと訳ありでさ。ここで話すのもあれだから店の中入って」


磯貝は困ったように微笑みながら、店の中へと勧めてくる

丁度用事もないし、少しくらいならいいか…と愛は時計を確認すると、彼に促されるまま喫茶店の中へと入って行った






















「_______磯貝君、アルバイトしてたんだ」

カラン、とコップの中の氷が溶けて音を鳴らす
適当にアイスコーヒーを頼み、愛は磯貝と向かい合ってテーブル席についた


「俺の家貧乏でさ、母子家庭で母親も体調崩しがちで…ここの店長に頼んで内緒でアルバイトしてたんだよ」

「なるほどね…そういうわけだったの」



磯貝君はクラスでも人気がある
誰にでも優しいし礼儀正しいし、もちろん成績もいい
当たり前のようにモテるけど遊ばないしそれを鼻にかけることもない人格者
クラスではあまり話した事ないけど、彼が人思いで優しいってことだけは知っていた


「大変だね磯貝君も。でもアルバイトしてるってバレたらまずいんじゃない?一応校則違反だよね」

「まあ…でももう少しで必要な分は稼げるし、それまでバレないように頑張るわ」

「この辺結構うちの生徒通るから気をつけてね。」

「おう!話聞いてくれてありがとな!あと、バイトの事だけどさ……」

「大丈夫、誰にも言ったりしないよ。ここのハニートースト美味しいし」

いつの間にかハニートーストを注文していた愛は、大きな口を開けてそれを頬張っている

ありがとな、と磯貝は嬉しそうに微笑むと、照れ臭そうに頭をかいた




「西森って赤羽と付き合ってるんだよな」

「ま、まあ……」


さりげなくコーヒーを足してくれる磯貝にペコッと頭を下げながら、愛は気の抜けた返事をする

いきなりカルマの話題となり、愛は勢いよくトーストを飲み込んだ



「なんか意外だよなー。でも似合ってる」

「…っ、あ、ありがとう」

なんだか恥ずかしくなり、愛は目を伏せながらフォークを口に運ぶ






「………なんか残念な気もするけど」

「え?」


磯貝が何かを呟いたが、よく聞こえず愛は聞き返す

「いや、なんでもない」

「?そう…」

それ以上彼の言葉を追求することなく愛はあっという間にハニートーストを完食。
ご馳走様でした、と手を合わせると、バックから財布を取り出した


「それじゃあ私はこの辺で。ハニートースト美味しかったよ」

「あ、お金はいいよ。俺の話に付き合ってもらったお礼」

「でも……」

愛が悪いよ、と首を振ったが、そんな彼女をなだめるように磯貝は悪戯っぽく片目を閉じた



「俺の秘密、内緒にしてもらうワイロってことで」

「………っ」

初めて見せる磯貝の無邪気な子供らしい微笑みに、思わず胸が高鳴る

(…磯貝君もこんな風に笑うのね)

ついつい少し赤くなった頬に手を当て、愛はお言葉に甘えることにした




「それじゃあありがとう。また明日学校で」

「おう!俺こそありがとなー」

ヒラヒラと手を降る磯貝にふわっと微笑んで

「アルバイト、頑張ってね」



またカランコロン、と鈴が鳴って静かに扉が閉められる








「………っ」

磯貝は誰もいなくなった店内で一人、頬を赤らめて呆然と立ち尽くしていた


「…西森ってあんなに可愛かったっけ…」


ほんのりと熱を帯びた頬を抑えながら、磯貝は困ったように小さく呟く

去り際に愛が見せた笑顔が脳内にフラッシュバックし、ドクドクと鼓動が早くなる


(いやいや、落ち着け俺)





あまりにも彼女の笑顔が綺麗に見えて
思わず目惚れただけだ



(______だから、落ち着けって……)


鳴り止まぬ心臓の音に、磯貝は思わず苦笑いする



「……仕事して忘れよう……」







彼がこの時抱いた感情を 恋 と気付くのは
まだ少し先の話
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