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□I'm looser
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いつもより少し飲み過ぎて、フラフラ歩いていたら、突然声をかけられて驚いた。

「お姉さん、酔っぱらってるの?」

見ると、変な模様のパーカーを着て、フードをかぶった男の人が一人、一軒のマンションの入り口の植え込みに座って煙草を吸っている。
いつもなら絶対無視して素通りなんだけど、酔っぱらっていた私はついその男の言葉に返事をしてしまった。

「うん、だったら何」
「何ってことないけど、ご機嫌ですね」

男は私の語気にちょっと気圧されたみたいに急に丁寧語になって、モジモジと身を縮める。
自分から声をかけたのにモジモジしちゃって、変な奴、と私は可笑しくなって、なんだかその男をからかいたくなった。
その変な柄のパーカーに気がゆるんだのかもしれない。
私はストンとその男の横に腰を下ろす。

「わ」
「わっ、じゃないでしょ、自分から声かけておいて」
「そうですけど…」
「煙草ちょうだい」
「え、ずうずうしいっすね」
「うるさい」

睨むと男はクスッと笑って、胸ポケットからタバコを出し、私に差し出す。

「ありがと」

咥えると男は慣れた手つきでライターで火をつけてくれる。

「いいすよ、でも、美人と並んでタバコなんて、フライデーとられたらどうしよ」
「何、言ってんの、ばかじゃない?」
「ばか…ばかですかね?」
「うん、多分そうなんじゃないの」
「う…初対面ですよね、俺とアナタ」
「だから?」
「それにしては厳しいなと思って…」
「そう?普通でしょ。それに今日は酔っぱらってるしご機嫌だから、いつもより優しいくらいだよ?」
「そ、そうなんだ…、じゃ、いつもはどんだけ怖いんだよ…」

そう言って小さく笑う男の口元を見て、私はなんだか不思議な気持ちになる。
デジャブ?
どこかで見た事がある気がする。

「ね」

「え?」

「あんたって…」

私が言うと、男は一瞬、ぎくりとしたように体を硬くした。

「な…なんですか」

男の目の中に不思議な色が現れる。
私はそれが何か知りたいと思ったけど、結局何かは分からなかった。
もしかして犯罪者とか?
でも、そんな悪そうには全然見えなかった。
困ったような眉毛や丸くて黒い瞳はどちらかと言うとお人好しそうだ。
私はなんだか無性にその男が可愛いと思った。

お酒のせいだ、多分。

だからちょうど至近距離にあったその唇にキスしてやった。
男の厚めの唇に、自分の唇をそっとくっつけた。
ふっとタバコの香りがした。

「え」

目がまんまるになった男は、口をぽかんと開けて私を見る。
馬鹿っぽい顔がますます可愛かった。
でもそれを態度にだすのもどうかなと思ったから、無表情を装って言ってやった。

「なに、文句でもある?」
「いや、でも、今、その」
「え?何?」
「今、俺に…」
「なによ、キスぐらいでグズグズ…」
「き、キスぐらいって事はないでしょう、外国人でもないんだし!ていうか、何か?あなたは外国人なんですか」
「うるさい、近所迷惑、ていうか、手、燃えるよ」
「え?うわっち!」

男はフィルターまで燃え尽きそうなタバコを慌てて地面に放つ。
足で踏んで残り火を消すと、律儀に拾って携帯灰皿に入れた。
私もそっとしゃがみ、地面で火を消した煙草を突き出すと、男は当然のようにそれも灰皿にしまった。
男のフードが脱げて、長めの黒い髪が現れた。
一連の動作で乱れた前髪が、広めのおでこにかかっている。

「なんなんだよ…、まったく、ひとさわがせな人だなー…」
男はブツブツと独り言を言いながら携帯灰皿をジーンズのお尻のポケットにしまった。

その横顔に、私はまた「どこかでみたような?」と言うデジャブを感じる。
でもどこで?
仕事であった人はみんな覚えてる。
こんな「フリーターみたいなダサい服の男」、知らないはずだ。

「つーか、お姉さん、このマンションに住んでる人っすか」

いつのまにか私の方に向き直った男は、少し首を傾げて、そしてなんとなく居心地悪げな様子でそう問いかけてきた。
照れているのかもしれない。暗くなければ男の頬が赤くなっているか確認できたのに。
私は少しそれが見たかったような気がした。

「そんな事教えると思う?」
「いや、そりゃ、俺、怪しいかもしれないですけど、キスまでしといてそれはないでしょう」
「なんで?キスしたら住所教えないといけないわけ?そんな決まり、はじめて聞いたけど」
「き、決まりじゃないすけど!」
「じゃ、教えない」

男の顔がなさけなく歪んだ。
それを見たら、私は無性に色んな事を彼に教えたくなった。
例えば、住所とか、もっと、他の事とか…。

けど、我慢した。
男とつきあうのはごめんだった。特に今は。
前につきあった男と色々あって、とにかく今は自由でいたかったのだ。
今は得体のしれない男とキスするくらいにとどめておくのが一番いいと思った。

私はなんとなく甘くなった気持ちを振り払って立ち上がり、「じゃね」と手を振る。「タバコ、ありがと」
男は一瞬目を見開き、それから不服そうな顔を隠そうとせず、「待って」と言う。

その口調から面倒くさそうな空気を感じ取って、私はギクリとした。
やっぱり、見知らぬ男とキスなんかするもんじゃない。
変な男につきまとわれるのは勘弁だ。

私が体を硬くしたのを悟ったのか男は少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

「いや、別に、しつこくするつもりはないんです、ただ」
「ただ?」
「タバコの代金、もらっていいすか」
「へ?」

なによ、ケチ。
そう思った瞬間、男が私の腕をきゅっとつかんで引き寄せた。
そして、私の唇に自分の唇を重ねた。

本当にびっくりした時って、時間が止まったみたいに感じるものだって、その時、私は知った。
まるで自分の心臓まで鼓動をやめたみたいだった。
耳の奥がキンとなって、体中がしびれたみたいに動けなかった。
男の唇の感触さえ、その唇が温かいのか冷たいのかさえ、感じられなかった。

「…え」

気づいたら、唇が離れ、男は目を細めて私を見ていた。

「これでチャラっす」

そう言って男はふっと笑った。
そして「じゃ」と言ってきびすを返した。
マンションの自動ドアがあき、その明るいエントランスに入って行った。

私は。
私はその変な柄のパーカーの後ろ姿を、ぼんやりと見送った。

「チャラ…」

男が言った言葉が自然と口から出た。

チャラ…なのだろうか。
なぜだか負けた気がしてならなかった。


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