企画

□そっと、ぎゅっと
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夜中の団長の執務室。
夜の手伝いはいつものことだが、今夜はこの部屋の主は不在だ。
そんななか、夜遅くまで上司の部屋で仕事をしているとなればかなりの失礼にあたるだろう。団長からも「私がいない日くらい早めに切り上げてゆっくり休むように」と言われているのだ。
しかし、団長がいないからといって仕事がないわけではない。一般の兵士なら許可なく入れない団長の執務室だが、ハンジ分隊長やリヴァイ兵長は当たり前のように入って書類を置いていく。まずはその書類の整理。それからいつもはできない場所の掃除をしていく。団長が帰ってきた時に仕事がしやすいように準備しておけば、効率よく時間を使えるだろう。
そんな思いもあり、僕は黙々と作業をこなし気が付けば日付けが変わっていた。
ぐーっと伸びをし、そろそろ戻ろうかと思っていると執務室のドアがノックなしに開けられた。少し息を上げながら現れたのは、紙袋とバッグを持った団長だった。
「申し訳ありません、こんな時間まで」
「よかった、まだいてくれたんだね」
僕を見てホッと息をはいた団長に、僕の謝罪の言葉が飲み込まれた。謝り直すのも違う気がして、僕は疑問を口にした。
「今日の会議は泊りがけではなかったんですか?」
内地での会議があるといって昨日出かけて行った団長は、確か今日中には戻ってこられないと言っていた気がする。
「帰ってこないわけにはいかないだろう」
団長の言っている意味が分からず、僕は首を傾げた。
「誕生日おめでとう、アルミン」
僕は瞳を大きく見開き、団長の顔をジッと見つめた。
「…わざわざそんなことを言いに帰ってきたんですか?」
どうして知っているんですか?なんて言葉は口から出てこなかった。
ただ、団長が僕の誕生日を知っていて、しかも祝いの言葉をくれることが嬉しくて、それなのになぜか息苦しくなって、そうしたら咎めるような言葉が口から出てしまった。
「当日には間に合わなかったけどね。君のことだから、そんなことに時間を使うなら休めと言われそうだと思ったが我慢ができなかった」
そう言って、団長はまた繰り返す。
「誕生日おめでと…おっと」
衝動的に、団長の胸に飛び込んだ。
「ありがとうございます…」
なんて、幸せなんだろうか。
「ありがとう、ございます…」
もう一度お礼を言えば団長が僕を大きな身体で包み込んでくれた。
「プレゼントを用意したんだ」
僕を抱き上げソファまで運んだ団長も、僕の隣に腰掛ける。紙袋の中からさらに紙袋を取り出して僕に差し出し「開けてごらん」と促す。楽しそうに笑っている団長に、僕はそっとそれを開ける。中には一冊の本が入っていた。
「これ…」
それは、僕が子供のころによく読んでいた壁の外について書かれた本だった。ウォール・マリア崩壊時に家に置いてきてしまった本の一つ。
「ここにあっては、いけないものではないんですか?」
壁の外に興味を持つことがタブーとされ、書物の閲覧は禁止された。しかし、団長はそれをどこからか仕入れてきたのだ。
「そうだね。だから、見つからないように」
いたずらっ子のようにウインクをして見せる団長に、僕はふふっと笑ってしまった。
「それから」
そう言ってもう一つ、団長は紙袋から透明なケースを取り出した。
「これは…バラ、ですか?」
15センチほどのケースに入った小さなバラは、普通のバラでは考えられない透明感があった。
「そう。でも、これは飴でできているんだ」
「あ、め…」
飴。それは砂糖の塊。
砂糖の…
「いただけ」
「本当ならバラの花束を贈ろうかと思ったんだが、渡しても飾る場所に困るだろうし枯れたら残念がるかと思ってね。これなら場所は取らないし、見た目もきれいだし、食べればなくなる。いいこと尽くしだね」
「だん」
「いいこと尽くしだね?」
念を押され、「そう、ですね」と応えればにっこりと笑みを浮かべる。
「君はいつも私の為に行動してくれているのに、私が君のために行動することはなかなか許してくれないだろう?年に一回くらい、なんの遠慮もなく君の為だけになにかがしたかったんだ」
優しすぎる言葉に、僕は声を出すことができなくなった。
ただ、一緒にいられるだけで幸せなのに
ただ、声をかけてくれるだけで満たされるのに

ただ、抱きしめてくれるだけで…

「気に入ったかな?」
「はい…本当に、ありがとうございます」
「礼を言うならそんな泣きそうな顔はしないでくれ」
団長が僕の手から本とバラをさらいテーブルに置く。そして、優しく抱きしめてくれた。
「愛している。アルミン」
「僕も、好きです…大好きです…」
とくとくと僕の耳に届く団長の心音。
なんて、愛しいんだろう…
その音をもっと近くで聞きたくて、僕は団長をぎゅっと抱きしめた。

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