企画

□隣に、体温
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「遅くなって本当にすまない」
仕事が終わったとエルヴィンさんから連絡が来たのは夜の九時を回ってからだった。それからエルヴィンさんの自宅の最寄り駅で待ち合わせをし、落ち合えたのは十時近かった。
「気にしないで下さい。家でレポートをしていたので大丈夫です」
「映画に間に合わなくなってしまった」
「また今度にしましょう」
今日は早く仕事が終わりそうだとエルヴィンさんから連絡をもらい、一緒に映画を観て夕食を摂ろうという話をしていた。楽しみにしていたのだが、休みもろくに取れずにいつも忙しそうにしているエルヴィンさんを怒る気にはなれなかった。
「しかし…」
それでは気が済まない。そう顔に書いてあるエルヴィンさんに「映画を観ましょう」と僕はエルヴィンさんの手を引いた。
「DVD借りて帰りましょう。夕飯は僕が作ります」
「それではアルミンに負担がかかるだろう」
「皆が皆エルヴィンさんみたいに忙しいわけじゃないんです。行きましょう」

◇◇◇

二人でDVDを借りて買い物をし、エルヴィンさんの家に向かった。
買ってきた食材で必要な物は調理台に、それ以外は冷蔵庫にしまいながら僕はエルヴィンさんに声をかけた。
「先にお風呂に入って下さい」
僕の言葉にエルヴィンさんは妖しく笑う。
「おや、それはお誘いかな?」
野菜を洗っている僕を後ろからエルヴィンさんが抱きしめる。
「変なこと言わないでください」と腕をぺちぺちと叩いた。
「つれないね」
「夕飯、沢山食べられますか?」
「つまむ程度でいいよ。ねぇ、せっかくだから一緒に入らないかい?」
「僕はここに来る前に入ってきたので大丈夫です」
「だからいつもよりシャンプーの香りが濃いんだね」
「っ!あまり、かがないでください」
「どうして?凄く甘くて優しい香りなのに」
「……これ以上待たせるつもりですか?」
「お風呂に入ってくる」
「はい、いってらっしゃい。着替えは自分で持って行ってくださいね」
エルヴィンさんをお風呂に送り出し、僕はてきぱきと夕飯兼おつまみの準備を始めた。

◇◇◇

「ああ、おいしそうだ」
テレビの前にあるテーブルにサンドウィッチやカナッペ、サラダとグラスを用意しているとエルヴィンさんが髪を拭きながらリビングに戻ってきた。
「あとは私がやるから座ってくれ」
「でも」
「飲み物だけだろう?アルミンもワインにするかい?」
「…僕はまだ未成年です」
「真面目だねぇ。今のうちから慣れておくのも大切だと思うよ」
「大人が率先してそんなこと言っていいんですか?」
「アルミンが酔っているところを見たいんだよ。でも今日はこれ以上しつこくするのはやめよう。紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「コーヒーがいいです」
寝る前のカフェインだが、これからDVDを見るなら丁度いいだろう。
エルヴィンさんの言葉に甘えて僕はソファに腰を下ろした。エルヴィンさんは直ぐに自分のワインと、コーヒーの入ったグラスを持って僕の隣に腰を下ろした。
「長く待たせて悪かったね」
「謝ってばかりですね。明日は学校が休みですから大丈夫です」
それに、エルヴィンさんと会えるんだったら夜中までだって待ちます。
さすがにそれは重いかと思い口にはしなかった。しかしなにかを感じ取ったのかエルヴィンさんの手が僕の顔に添えられ
「んっ…」
優しく唇を重ねられた。
「さ、食べようか」
優しく微笑むエルヴィンさんに、僕は小さく頷いた。

◇◇◇

映画が始まって一時間。エルヴィンさんは食事もそこそこにソファに背を預け、穏やかな寝息を立てていた。僕は寝室にタオルケットを取りに行く。
エルヴィンさんは殺人的に忙しい。キャンセルされた約束の数は十以降数えることを止めてしまった。とにかく休んでほしい。だから、いつのまにか僕からは約束を取り付けられなくなってしまった。それでもなにもしなくてもいいから、一緒にいたいと思うわがままな自分も確かにいて。
その気持ちを汲み取ってくれているのか、時間がなくてもエルヴィンさんは僕を映画や自宅に誘ってくれる。
それを嬉しいと思わないわけがなくて。
タオルケットをエルヴィンさんにかけ、DVDを止める。エルヴィンさんの隣に腰をおろし、そっとタオルケットの中に身体を忍び込ませた。
「おやすみなさい」
エルヴィンさんの肩に頭を寄せ、僕もゆっくりと目を閉じた…。
 

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