北斗

□二人暮らし
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【二人暮らし】





某市にある某町の某アパート。
簡素な造りのアパートの二階に 二人は住んでいた。


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築何十年だか分からない 少し古ぼけたアパートは 大の男二人が住むには少し狭い造りであった。
洗面台と兼用している台所で長い黒髪を一つに結んだ男は、軽く顔を洗い 寝起きの気だるさを洗い流す。

「……うむ」

立て掛けてある鏡を見ながら 目の下に浮かぶ隈を 指でなぞった。昔から治らないこの隈は 今ではチャームポイントの様な扱いである。しかしそれは 密かに彼のコンプレックスでもあった。

「………はぁ」

なぞって ダメ元で擦ってもみたが、今日も消える気配もない隈に 彼はため息をついた。濡れた顔をタオルで拭いて ふと壁にかかっている時計を見た。7時。そろそろか。

ジリリリリリリ …… バシィンッ

時間を見計らって鳴り出した目覚ましを 荒々しく止める音。その後に布が擦れる音がした。

「ジャギィ 起きたかぁ」

「アミバ 朝飯…」

ジャギと呼ばれた男は、眠たげに大きな欠伸をしながら 腹を掻いている。

「もう少し待て」

朝ごはんの支度をしながら返す アミバと呼ばれた男は 馴れた手付きでこなしていった。


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「ジャギ 今日もバイトか ? 」

「あぁ。今日はラオウ兄者のとこだ」

朝ごはんを素早く平らげ 食卓で寛ぐジャギは 言い返してから首を鳴らした。彼の口から出た "ラオウ兄者" と呼ばれた男は、彼の兄弟である。ジャギには二人の兄と一人の弟がいた。彼ら四人兄弟は 彼らの家が代々受け継いできた『北斗神拳』と呼ばれる拳法を 次の世代となって受け継ぐ、『継承者候補』であった。四人が四人、それぞれ実力の持ち主であったが、継承者を決めるすさまじい戦いで勝ち残ったのは末の弟であった。そんな 壮絶な御家問題があったこと、元来腕っぷしが強い猛者達が集まる北斗の道場で継承者候補であったことから、地元では四人揃って『北斗四兄弟』と呼ばれて それぞれが有名となっている。

「ラオウ兄者のとこは 人使いが多少荒いが、給料は良いんだよなぁ」

長男 ラオウは、若くして大工の親方であった。まだ若造の彼が親方まで登り詰める事が出来たのは 彼の無口で働くストイックさ、道場で培った腕っぷし、そして『やるからには頂上を目指す』を表したような彼の野心であろう。彼の元で働く大工達は そんな彼に惹かれて集まった者ばかりで、外見はただのゴロツキでも仕事となると別人のように働く。ジャギもそんな彼らの一員であった。

「ふ〜ん… そんなに無理して労働しなくてもいいんだぞ」

「何言ってんだ。ここの家賃とか諸々 しっかり払わなきゃだろ」

「だから 俺の実家が…」

「てめーの世話はてめーですんだよ」

アミバの家は地元では指折りの名家であった。彼は昔から勉学に励むよう教育されてきたが 高校時にいわゆる"反抗期"になり 夜の町を徘徊するようになった。そんなときに出会ったのがジャギである。悪友となった二人は 自分達の居場所を求めるように様々な悪戯や 多くのヤンキーと喧嘩を繰り広げたりして高校生活を過ごした。そして卒業後、頭脳明晰だったアミバは軽々と近場の医大に進学、勉強嫌いで腕っぷしだけが取り柄のジャギは フリーターとなったのだ。卒業をきに家を出たいと言ったアミバに 両親は仕送りを送り、アミバはそれを今のアパートの家賃や生活費に使おうとするが ジャギは「半分は俺が出す」と言って聞かず、結局もらった仕送りは 徐々に貯まっていくばかりである。そんなジャギは、最近は専らラオウの仕事場のバイトが多く、そのまま大工にでもなりそうな勢いである。

「今日も夕方までなのか ? 」

「おう」

「なら、弁当作ったから持っていけ」

「お、マジか ! 気が利くなアミバ」

ジャギは子供のように笑いながら 「ベントー ベントー」と不思議なリズムに合わせて歌い、台所に置かれたアミバ特製弁当へ。その後ろ姿を微笑ましく見つめるアミバ。大の男に (しかも自分よりもデカくて筋肉質な) 可愛いなどとゆう感情を抱いている自分に 思わず苦笑する。アミバは ジャギに出会ってから 時折彼が見せる何気ない仕草に自然と目が向くようになり、それは自分ではどうしようも出来ない ある感情に変わっていることに気付いていた。

「おいジャギ。もう時間だぞ」

「 あぁ 行ってくるわ」

玄関を出たジャギの足音が聞こえなくなってから アミバは食卓に突っ伏し、見悶えていた。

「…あーあ、可愛い」

彼の呟きは狭い部屋の壁にぶつかって消えた。




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「弁当の礼に シュークリーム買って帰るか…」

甘党ジャギの仕事中の呟き。
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