中編

□リセット ちゃんと帰ってこれたんだよ
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ちゃんと帰って来れたんだよ





その後は幸村の声が聞こえてくるはずだった。いや、確かに幸村の声だったのだが、しかし声が聞こえてきたのは電話の向こうからではなく、突然開いた教室のドアの向こうからだった。



「明篠! 急いで校舎から出るんだ!」



そう言いながらも携帯を持っていない左手で私の右手を掴んだ。その手にはいまだ通話中の携帯が握られたままだがそんな事を気にする間もなく、その勢いのままに幸村は駆け出した。唖然とするしかない私を引っ張りながら、それでもスピードを落とす事無く駆けていく。あれ、私、さっきもこんな風に、走ってなかったっけ? その瞬間酷い頭痛が私を襲う。それでもこの足は走る事を止めない。幸村に引きずられるがままに足を動かす。そのまま下駄箱を通り過ぎた。上履きを脱いで靴に履き替えなければいけないのに、そんな時間さえ惜しいとばかりに昇降口の扉を潜り抜けようとする。外には真田、柳、柳生、仁王、丸井、ジャッカル、赤也の姿が。そのまま幸村に手を引かれ、校舎内から抜け出した。




それと同時に思い出した、全ての出来事を。




私たちは忘れ物を取りに行った赤也の帰りを待っていた。しかし戻ってこない。それに続いて今度は丸井とジャッカルが校舎内へ。それでも戻ってこない3人に今度は全員で校舎内へと入った。靴から上履きへと履き替え、階段まで近づく。そこで丸井と赤也、ジャッカルが、 死 ん で い た 。 その瞬間頭への強い衝撃を感じて、意識はなくなった。それが私たちの、1回目の死の記憶。2回目は自分の教室から始まった。階段で丸井と、赤也、ジャッカルがいたのを覚えている。そうして私もとても固いもので殴られた記憶があった。だが恐る恐る頭に触れても傷や痛みはない。あれは一体なんだったのか、そう思いながら丸井たちの事を思い出し、先ほどまでいた階段へと駈け出した。もしかしたら幸村たちも近くに居るかもしれない。しかし教室を出て階段を駆け下りようとして、背中を誰かに押された。一瞬見えたのは異様に長い腕と爪だけだった。そのまま私は頭を床に打ち付けて、死 ん だ 。3回目も自分の教室から始まった。その後ブレザーのポケットに入れていた携帯の存在を思い出すまで通る廊下を変えたり、ずっと教室の中にいたりして4 回 程 死 ん だ 。 その後何回目かの教室からのやり直しで幸村から連絡がきた。どうやら皆同じ状況に陥っているという、とりあえず一度全員で合流しようという話になった。


「場所は、会議室」


赤也が震える声で呟く。そう会議室だ。その時にやっと全員が合流出来たのだ。


「俺は学校に入った瞬間、女の子に会ったんだ。鏡を探してくれって、帰れないから、帰るための鏡を探してくれって、そう言われたんだ」


その瞬間に階段から突き落とされた、という赤也。その現場を丸井、ジャッカルが発見した時既に赤也の意識はなく、何者かに頭を殴られたという。そこへ私たちが駆け付けたのだろう。そうして私たちはこの校舎に囚われた。


「そんで俺たちは、赤也が会ったらしい女の言っていた事が、この校舎内から出る唯一の情報だって気づいた」


丸井の言葉通りそれに気付いた私たちは、校舎内全ての鏡を探しに行く事になる。その間に何度もあの変なモノに会って、何度も死んだ。そして死ぬたびに気づいたんだ。少しずつ記憶がなくなっている事に。何故自分たちが鏡を探しているのか分からなくなってきたのだ。そこで会議室の黒板に今までの出来事を全て書いた。何度死んでも校舎内に付いた傷が消えていない事から、もしかしたら文字も消えないかもしれない、そう思ったのだ。だからちゃんと忘れないように、この校舎内から出るという事を忘れないように、全部書いた。


「俺以外の全員がいなくなって、自分で黒板に記入する事もあった」


そうだ。この黒板への記入はほとんど柳がやっていたんだ。だけど柳が先にいなくなる、つまり死んでしまう事もあった。この各教室内に戻ってやり直す事を、私たちはリセットと呼び始めたのだが、このリセットの状態になるためには全員が死なないといけないらしい。そのため柳が居なくなった後、全員が死んでリセットし直すまで自分たちが体験した事を、先ほどジャッカルが言った通り自分たちの手で記入したんだ。そうして何度も何度も鏡を探して回り、何度も何度も死んだ。段々と記憶もなくなっていく。という事は、今度は肝心の会議室に集まれなくなるかもしれない。


「その事に気づいた俺はアレから逃げてる間に、リセットされた時に全員が行く教室を1つずつ回ったんじゃ。そんで黒板に゛会議室に集合゛とだけ、それだけ書いたんじゃ」


追われている身でありながらせめてそれだけでも、と仁王は各教室に集合場所を書いてくれたんだ。そのお陰でその後も会議室に集まることが出来た。


「そうして私たちは最後の4つを残して、ほとんど記憶がなくなったのですね」

「会議室に集まるだけで、あれだけの時間がかかった」

「各自リセットされた後は直ぐに会議室に集合していたが、記憶がなくなってしまったばかりに、全員で連絡を取り合って会議室に辿り着いた」


柳生、真田、幸村の言う通りだ。最後の方にはほんど記憶がなかった。そのせいで状況把握がかなり遅れたのだ。だがその頃には既に探さなければいけない鏡の場所は、4つとなっていた。それが1番最後の私たちだ。どうしてあんなに頭が痛かったのか、思い出した。私は何度も頭を打ち付けて 死 ん で い た の だ 。
何度も死んで、何度もリセットしたんだ。死んではやり直して、死んではやり直して。気の遠くなるほどの回数だった。もう何回死んだのか、思い出せない。そもそもあれは本当に死んでいたのだろうか? 痛みもあった、恐怖もあった、疲労も、緊張も、全てが現実だった。もう会議室から出たくなくなって、何度か会議室に籠った事があった。私以外の皆はいなくなって、とても恐ろしくなった。だけど結局あの気持ち悪いモノが来て、死んだ。隠れても無駄だと、分かったんだ。リセットされて思い出すたびに、何度も泣いた。怖くて怖くて、この校舎内から出たくて、何度も泣いたんだ。


「俺たちがいた場所は、現実世界だったのだろうか。それとも実態のない夢の世界で、同じことを繰り返していたのだろうか。赤也が会ったという女の子が誰だったのか、何故その鏡のためにリセットされていたのか、校舎内にいたアレはなんだったのか、黒板の右端の消された文字はなんだったのか、それは何度リセットされても分からない」


そう全てがなんだったのか、まったく分からない。とりあえずいえる事は、このリセットされる状況から抜け出せた、という事だ。私はその事実に涙が溢れてきた。最後に願った、いやリセットされるたびに願った9人で帰る、という想いはやっと叶ったのだ。そうして全部を思い出したら、涙が溢れだして、止まらなくなった。すると私の周りにいる8人が慌てだす。普段絶対に涙を見せるどころか、弱音すら吐かない私なのに、急に泣き出したから驚いているのだろう。変なの。リセットされる世界では、何度も泣いていたのに。柳生が急いでハンカチを差し出してくれる。それを何故か慌てて丸井が受け取り涙を拭う。仁王は丸井とは反対側の涙を、セーターの袖で吸い取ってくれる。ジャッカルは私の背中を擦ってくれて、赤也はこちらが落ち着けと言いたくなるぐらいに、大丈夫ですよ! と繰り返す。柳は立っているのもやっとな私の肩を支え、真田はそんな私の頭を、普段からは考えられないぐらいに優しく撫でる。いまだに私の右手を掴んだままだった幸村は今度は両手でそれを包み込み、笑顔でそんな私たちを見つめた。




「ちゃんと帰って来れたんだよ、明篠」




幸村のその言葉に私は、笑顔で頷いた。










end
(2014/06/14)

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