中編

□リセット これが最後のリセットです
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これが最後のリセットです





もう追いつかれるそう思った瞬間、背後で物凄い音が響き渡った。


「明篠!」


私の名前を呼ぶ声が聞こえた。しかし急には止まれず、数メートル程走り抜けた所でやっと止まれた。息も整わないまま急いで振り返るとそこには、15分以上も前に別れた真田が立っていた。その足元には消火器が転がっている。私を追いかけていたソレは右手の爪が壁にめり込んだまま、うつぶせの状態で倒れていた。しかしぴくりぴくりと動きながら、左手の肘の力だけで起き上がろうとしている。


「明篠、無事か?」


真田はソレに向かって箒を構えつつ、私に問いかけた。なんとか頷くも、息が苦しい。


「蓮二はどうした?」

「一緒にトイレまで行ったんだけどハズレで、そしたら最初に見た気持ち悪いヤツとこいつが来て……柳がもう一体を引き付けてくれた」

「そうか」


真田はそう一言だけ言うと、背後を一瞬だけ振り返った。しかしそこから柳は現れない。あのまま走り出してしまった事を後悔していると、今度は真田が自分たちの状況を話し出す。どうやらあの後、男子側のトイレを確認する事は出来たがもう一体、これと似たようなモノが現れたらしく、恐ろしい速さで追いかけて来たそうだ。だがその際にこいつの異様に長い腕が伸ばされたことによって、柳生、赤也と引き離されてしまったらしい。そのまま1人になった真田の方を追いかけて来たそうだが、その異様に長い腕が邪魔で攻撃する事も出来ずに、延々と走らされたというのだ。そうやって校舎内を走り回っていると、15分が経ち後からやって来たジャッカルと遭遇する事になったそうだ。そのまま入れ替わりでジャッカルがソイツを引き受けてくれたという。ジャッカルの走りなら、直ぐにあいつを撒く事も出来るだろうと真田は言った。という事はもしあの黒板に書かれていたことが事実ならば、真田側の女子トイレが正解だという事になる。そこの鏡を通り抜ければ、この校舎内から出られるのだ。そこまで考えた所で、目の前を物凄いズピードで何かが駆け抜け、前髪が舞い上がった。



「え?」

「明篠っ、離れろ!!」



その声に咄嗟に反応したのか、無意識のうちに数歩だけその場から離れた。その場で自分が立っていた場所を見ると、そこには目の前で倒れていたソイツの左手の爪が突き刺さっていた。どうやら上から振り下ろされたようだ。それを見て、凍りついた。もしあと半歩前に出ていたらと思うと、恐ろしくてたまらない。しかし目の前のソイツは先ほどの消火器ぐらいじゃ効かないのか、もう立ち上がって今にも追いかけて来そうな勢いだ。すると真田がいつの間にか私を背に庇い、目の前のソイツへと箒を突き付けていた。そのままの状態で真田は私に言う。


「先に行け! もし可能ならば女子トイレの方へ、無理そうなら先ほどまでいた場所へ! もしかしたら他の奴らが戻っているかもしれん、急げ!」

「でも、」

「先ほどの消火器のお陰で、あそこまで早くは走れないはずだ。いいから行け!」


私はその言葉と同時に駆けだした。もう先ほどから全力疾走ばかりしていて、体力が全然残っていない。しかし私を庇ってくれた柳や真田、あの異様なモノを引き付けてくれたジャッカル、今もどこかでこの校舎内から出ようと必死に頑張っているだろう幸村、柳生、仁王、丸井、赤也。それなのに走る事を止めたら私が、あいつ等を馬鹿に出来なくなる! それはむかつく、悔しい。何が何でも走り抜けなきゃ。それで家に帰るんだ。家に帰って、お風呂に入って、ご飯を食べて、それで今日は早めに寝るんだ。そうしたらまた明日から学校で、朝練もあるからちゃんと起きなくちゃいけない。きっとまたいつも通りの明日が待っている。帰ろう、帰ろう。私はそのままのスピードで階段を駆け上る。息切れもスカートの乱れも気にならない。とにかく駆け上がる。そのまま廊下の反対側にあった光景と同じものが見えてくる。すぐ目の前は衝立、そのふちに手を伸ばし洗面台の前へと飛び出す。先ほど鏡で見た時より酷い有り様の自分が映っている。きっとこんな姿をあいつ等が見たら笑うだろう。でも別にいい。またいつも通りの日常が戻るなら、いつも通りの日常に帰れるなら。帰ろう、帰ろう、皆で帰ろう。むかつくぐらいうざったい時もあるけど、やっぱり9人一緒にいるのが1番楽しい。





私はゆっくりと右掌を鏡へと押し付けた。










ブレザーのポケットに入っている携帯の震えで目を覚ます。それは確かに微かな震えかもしれないが、静まり返った教室内ではそれなりに響く。腕を枕にして机に伏せった状態で寝ていれば、意識も浮上するという物だ。しかし目覚めたばかりで頭は正常に動いていないらしい。何故自分はこんな所で寝ているのだろうか?


しかしそこまで考えた所でブレザーのポケットの中に入っている携帯が、いまだに震えている事に気づく。そういえば私は、この振動で起きたのだった。そう思いながら、ポケットの中から携帯を掴みだす。画面上には幸村精市と言う名前と、着信中の文字。どうやら先ほどからの震えは、幸村からの着信だったらしい。私は携帯の画面上に指を滑らせ、自分の耳に当てた。





「もしもし」











(2014/06/14)

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