中編
□リセット 送り出す言葉
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送り出す言葉
「そういえばこの脱出方法が書かれてる上の部分、明らかに消されてるよね。何が書いてあったわけ?」
私のその言葉に、皆は黒板へと視線を向ける。何故か右端に書かれた脱出方法の上は、明らかに消された跡が残っているのだ。微かに文字が書かれていた形跡はあるが、それも読み取れるほどではない。しかし左端は異様に文字が詰め込まれているのに対して、右端のそこだけは物凄く不自然だ。そんな私の質問にに柳は、元から何も書かれていなかったという。最初に見た時からこの上の部分だけ、不自然に消されていたというのだ。
「もしかしたら脱出方法の他にも、重要な何かが書かれていたという事も考えられる」
「重要な何か? 何だよぃ?」
「そこまでは分からない。しかし本当か嘘かはこの際置いておいて、此処から抜け出すのに必要な脱出方法と避けた方が良いであろう場所が書かれてあるのだ。という事は、それよりももっと重要な、例えばこの場所に俺たちがいる理由、なんて事も考えられないだろうか?」
「だが、脱出方法なんかはそのまま残しておいて、そこだけ消えとるのは不自然じゃな。…というかその消えとる所が重要な部分だったとして、それが消えとるという事は、俺たちの邪魔をしようとしている者もおるという事、だのう………」
「だがお前たちを追いかけてきた人ではない者も、この校舎内にはいるのだろう? それならばその追いかけてきたその者の仕業か、もしくはそれとは別の存在、という事になるのだろうか」
私たちは仁王と真田の言葉に黙り込んだ。今この状況だけでも恐ろしいというのに、あの気持ち悪いモノの他にもナニかがいると言いたいのか? 勘弁してくれ。これ以上恐怖心を煽らないで欲しい。丸井、ジャッカル、赤也の顔は盛大に引き攣っている。きっと私も似たような顔をしているのだろう。しかしそれを振り切るかのように、幸村は口を開く。
「とりあえずお前たちが見た者以外の存在がいると考えて、それでもここを出ない事には何も変わらないし分からない。まずはそのトイレに行ってみるしかなさそうだね」
「この階の両端にあるのだから全員で見て回るよりか、二手に分かれた方が効率的だな」
「これを見た限りだとお前たちが来た方角のトイレは、一度中央階段から降りて回り込んだ方がいいだろうな。もう片方はこのままこの廊下を突っ切っても平気だ」
流石3強。こういう時しっかりしている。とりあえず二手に分かれる事になったのだが、ぶっちゃけ行きたくない。というよりここにずっと籠っていたい。むしろ全員でこの場にいたい、というのが本音だ。だってこんな所に1人取り残されるのも嫌だが、今1番安全であろうこの場所を出て行くのも嫌だ。確かにこの場所がずっと安全ではない事にも納得したが、あの奇妙なモノを見た後だ。誰だって動きたくないはずだ。それでも自分はここを出たくないくせに、仲間が危険であろう場所に行くのも嫌だと言うのだから、相当な我が儘だろう。自覚はしている。今この瞬間に目が覚めないかな、と先ほどの幸村の言葉にちゃんと納得したのにもかかわらず、現実逃避をしてみる。しかしそんな間にメンバーは決まってしまったようだ。
「迂回路を行くメンバーは、弦一郎と柳生、赤也。反対側を精市、仁王、丸井だ」
「俺と柳、明篠は?」
「お前たち3人はこの場に残ってもらうよ。考えたくもないけど廊下の損傷を考えて万が一、と言う事もありえる。15分経っても戻ってこなかった場合は、迂回路にジャッカル、反対側を柳、その場の状況で明篠にも付いて行ってもらう可能性もある」
確かにジャッカルの走りなら、中央階段から回り込んでもかなりの速さで着く。先に送り出すよりも、保険として取っておいた方がいいと考えたのだろう。そしてそのもし万が一が起こった時の事を考えて、どんな状況にでも対応できる柳もジャッカル同様残すのだろう。もちろん私は運動部のマネージャーという事で、通常の女子よりかは体力もあると自負しているが、流石にこいつらのように超人的な走りは出来ない。きっと本気の走りを見せられたら、私1人置いて行かれる自信がある。ぶっちゃけ残りたいとか考えはしたものの、まさか本気で残れるとは。しかしそんな思いとは裏腹に黒板に書かれた内容が頭を過り、なんともいえない気持ちになった。1年の時からテニス部のマネージャーなので3年の付き合いになる。本気でテニス部の取り巻きはうざいと思ってるし、たまにこいつらのテンションもうざいと感じる時もある。厳しい状況下で顔も見たくないと思った時期や、マネージャーを辞めてやろうと思った事だって何度もある。それでも3年、こいつらと一緒にいたのだ。冷たい、素っ気ないとこいつらに何回も言われたことはあるが、流石の私でもこの状況で送り出す事をなんとも思わないはずがない。
「気をつけてね」
だから私が普段絶対に言わないであろうこんな言葉をかけたって不思議ではないはずである。それなのに、なんだお前たちのその顔は! なんだその驚きようは! 幸村や柳生まで驚いてやがる。ぶん殴っていいだろうか? しかしそんな顔もすぐに優しい笑みへと変わった。
「ありがとう、明篠。気をつけて行ってくるよ」
「明篠さんたちも鍵をかけているとはいえ、十分に気をつけて下さいね」
そう言って何故か笑顔全開で私の頭を撫でていく幸村と柳生。うざったくて振り払ってやると、その手は何故か名残惜しげに離れて行く。こいつらのこういう所がうざいのだ。
「蓮二、ジャッカル。何かあった時は明篠を頼むぞ」
「勿論だ」
「任せとけ」
そしてこいつらの保護者面もうざい。私の兄にでもなるつもりか。勿論お断りだ。
「千佳センパーイ、行って来まーす!」
「明篠、お前ここが他より安全だからって、寝るなよぃ」
「流石の明篠もそこまで神経図太くなか」
「赤也、そこの紅白饅頭たち、殴っていいよ」
こいつらはとにかくうぜー! 今の赤也はいいとして、たまに3人揃ってうざくなるのだ。なんなんだ、このテニス部レギュラーどもは。しかしこんな奴らと一緒にいる私も同類だと思われているのだろうか? いや、こいつらを好きな女子どもは、こいつらのこんな面もきっと素敵に映るのだろう……自分で言っていて気持ち悪いと思った。
とりあえず一通りの説明が終わって、先ほど私が入って来たドアの前に全員で集まった。その手には掃除用具入れから取り出した箒が握られている。先頭にいる幸村はドアに耳を当て物音がしないか確認しており、私たちはその背を見つめる。そして幸村の右手がこの会議室のドアの鍵を外した。ゆっくりゆっくりとドアは開けられ、会議室前の廊下を見渡す。そこに何もいない事を悟ると、6人は一気にドアから飛び出した。居残り組の柳、ジャッカル、私で一瞬だけ廊下に身を乗り出し、彼らを見送った。いってらっしゃい、本当に気をつけて行ってきてよ。
(2014/06/14)