綿縫慣々の恋愛事情〈BL〉

□Embrace
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遠くで何やら音がする。
…紙と…ファイルを捲る音…?

うっすらと目を開けると、文字の羅列が飛び込んでくる。
ボーッとする頭で考えると、それは解いていた問題文だと気付いた。

(あれ…僕…寝てた?)

そういえば、身体に暖かいモノが纏わり付いている。
霞んだ目を手の甲で擦り、クリアになった視界で腕を見回すと、ブランケットが掛けられていた。
膝の上には先程まで抱き締めていた自分の鞄。
この、何かしらを無意識に抱いて寝る癖が寝ていた事を物語っている。

「起きたか」
「あ…」

声が聞こえた方向を見ると、ファイルを持った先生が立っている。
それを見ただけで一気に頭が覚醒した。
僕は問題を解いている途中で寝て、それを見た先生がブランケットを掛けてくれたのだろう。

「す、すいません、寝てしまって…。あ、ブランケット有り難う御座います」
「礼の言葉だけ貰っておく。それより、時間はいいのか?」

促されるままに時計を見上げる。
針は間もなく六時を告げようとしていた。

いい訳がない。帰らなければ。
帰るといっても寮で、日付が変わる前に帰っていたら問題はないけど。
それでも帰る理由は、やりかけている事があるからだ。

帰ります、と宣言するやいなや慌ただしく片付けを始める。
ブランケットは綺麗に畳んで、元あった場所を先生に尋ね、其処に戻した。

鞄を持ち、部屋を出ようすると、待て、呼び止められた。

「私も帰るから乗っていけ」
「え…お仕事は?」
「今日の分はとっくに終わっている。遠慮はいらん」
「…ではお言葉に甘えて。先、行っていますね」

今度こそと退室し、先生が車を回してくれる場所に急ぐ。
急いでも先生が早く来る事は無いが、それでも逸る気持ちを抑えられない。

ひっそりと隠れるように待っていると、黒の車が停車したのが目に入る。
その車に近寄ると、助手席の扉が開いた。
お礼を言って助手席へ座り、シートベルトを装着したと同時に車は発進する。

「眠たいなら寝ていろ。起こしてやるぞ」
「い、いえ、大丈夫です。あ、先程はお見苦しいモノを…すいません」
「そんな事はない。むしろ…」
「…むしろ?何ですか?」

最後の方が小さくて聞き取れない。
訊ねたが何でもない、とはぐらかされてしまった。
何だったんだろう、とあれこれ巡らせていると、ところで、と話題が変わる。
僕は考えるのを断念して、其方に耳を傾けた。

「また夜中に作業をしていたのか?」
「う…その通りです」
「全く…ほどほどにしておけよ。で、何を作っているんだ?」
「今はヌイグルミと傍らでマスコットを作っています」
「そうか。まあ、無理はするなよ」

…等と他愛もない話をしていると、寮に着いた。

名残惜しい気持ちに駆られるが、先生に迷惑を掛けてはいけない。
この関係はあくまで秘密なのだから。

車を降り、見送る…といっても先生も寮なので、あとは駐車場に停車させるだけだ。
運転席に回ると、ウィンドウが開いており、先生が顔を覗かせている。

「送ってくださり、有り難う御座います。お休みなさい、先生」
「ああ。お休み、慣々(カンナ)」

不意打ちの如く名前を呼ばれて…頬に柔らかいモノが触れてすぐに離れた。

「え…あ…っ?!」

戸惑う僕を他所に、先生は小さく笑って行ってしまった。

僕は、何とか冷静さを取り戻し、何とか部屋へ戻る。
ただ、何をしていても触れられた頬がやけに熱く、

「うぅ…また間違えた…。此処まつり縫いなのに…」

作業もあまり集中できなかった。


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