綿縫慣々の恋愛事情〈BL〉

□Embrace
1ページ/9ページ

放課になった直後、僕は一番に教室を出、廊下を足早に駆ける。

そうして、目的地―『世界史準備室』に辿り着いた。
扉の前で少し乱れた呼吸を整え、扉を三回ノックする。

「どうぞ」

低く投げやりな声が聞こえた。
だが、その声だけでふわっとした気持ちになる。
逸る気持ちを抑え、扉を開けて、失礼しますと部屋の中に入った。
周りを見ると、部屋には僕を除いて一人。
資料整理に勤しむ麦岸歴々(ムギシ・ユキツグ)先生だけが居た。

…念のためと見渡したが、これが平常運転だ。
麦岸先生以外にも世界史教師は居る筈なのだが、この部屋で一切見掛けた事がない。
最早、麦岸先生の個人部屋となっている。
デスク一つ見ても、好き勝手に使っているとしか言いようがない。
床にはいらなくなった資料であろう紙が散在している。

「綿縫(ツラヌイ)、どうした?」
「ひゃっ!?」

ボーッと考え事をしていると、いつの間にか資料整理の手を止めたらしい、先生が目の前に居た。
それも結構な至近距離に、だ。
驚いて変な声が出てしまったが、先生はそれに気にする事なく、で?と促す。

「あ…えっと、い、居てもいいですか?」
「…それはわざわざ許可を求める必要など無いだろう」
「ですが、一応は…」
「まあ、丁寧なのはいい事だ。勝手にしろ」

そう言って、先生は資料整理に戻った。
ぶっきらぼうに返された言葉だが、僕はそれが居てもいいという事を示しているのは分かっている。
有り難う御座います、と言って僕がいつも使う机に荷物を置いた。

…どういうワケか、いくら散らかっていようが、此処だけは綺麗なままだ。
もしかしたら、それが先生なりの配慮なのかもしれない。
それかただの偶然だろうが、嬉しいモノは嬉しい。

「片付けしましょうか?」
「いいのか?」
「それを訊くのも今更だと思いますが…」
「…じゃあ、床だけ頼む。全部不要だから捨てておいてくれ」
「分かりました」

早速、床に散らばっている資料を拾い始める。
資料は、束になっていたり一枚一枚だったりと様々だ。
中には興味を引くモノも当然あるワケで…好奇心を抑えられず、本能に従ってつい読んでしまう。

最初こそ、麦岸先生が好きだからと世界史を選択したが、僕に合っていたのかとても面白い。
動機は不純としか言えないが、楽しんでいるので結果オーライだ。

…まあ、結局堪えきれなくなってダメもとで告白したんだけど。
そしたら、構わない、と返ってきて…付き合っているという今の状態に落ち着いた。
ぶっきらぼうなのは元からだけど、ちゃんと優しさが垣間見える。

「御苦労」

短い言葉と共に湯気の立ったカップを、床掃除を終えた僕に差し出してくれた。

「お心遣い有り難う御座います」

これもまた優しさなんだろうなあ、そう思いながら笑顔でカップを受け取った。
戴きます、中に入っているのを飲むと、温かいカフェオレが口いっぱいに広がる。
熱過ぎないちょうど良い温度。味も僕の好みの甘さに調節されていた。
こういうちょっとした事が凄く嬉しい。

ほうっと落ち着く僕に対し、先生は、

「…まあ、あとは受験勉強に身を入れとけ。私の事は気にするな」

それだけ言って、僕の頭を一撫でしてデスクに戻っていく。
僕はその様子をボーッと見ていて…やがて思い出したように勉強に取り掛かった。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ