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□もっとバカにしてやりたい
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「いいか?」

伺うような言葉だけど、有無を言わせぬ迫力がある。とうに抵抗する気持ちなんか取り上げられていて、俺が最終的には頷くしかないってこと、この人はちゃんと分かってる。分かってて、聞いてくる。
この人は優しくて、だけど俺にだけは少し意地悪だ。それでも好きだ、なんてのはらしくないが、尊敬する人に特別な扱いをしてもらっているこの状態は、満更でもない。
俺はもう少しだけ、この人の腕の中にいたいと思った。








顔を近付ける。驚いたように肩が跳ねて、縮こまる様子に笑みがこぼれた。

覗き込んでも、視線は絡まない。俺の前髪が長いせいで。

震える背中に手を回して、やんわりと退路を断つ。
普段とは違う表情、赤くなった頬、コイツの潤んだ瞳の色を知るのは、間違いなく俺だけだろう。へにゃりと気弱に下げられた眉毛は、コイツの顔に驚くほど似合っていない。ただ、不安そうに見上げる角度と相まって、妙に嗜虐心をそそられる。
俺だけがこの粗野な後輩から、とうてい似合わないような色気を孕んだ表情を引き出せるのだ、という事実にひっそりと優越感を覚える。
顔だけでなく、今度は体も近付けると、思わず、といったふうに後ずさる後輩。よろりと縺れたその足を追って、思いがけず抱き合うような格好になった。やんわりと拒むように俺の胸に置かれた後輩の腕を無視して、らしくなく真っ赤になった、形のいい耳に唇を寄せる。
「いいか?」
伺う言葉を、しかし有無を言わせぬ強い声音で。擽るように吐息をかければ、初な後輩は身をよじって逃れようとする。俺は背中に添えていた片腕を両腕に変えて、包み込むように抱き締めた。腕の中に閉じ込められて、後輩は観念したように突っ張っていた腕をおろす。見上げていた首も項垂れて、もじもじと身動ぎする様子は、男子高校生とは思えないほどいじらしい。
「……い、っいいじま先輩、」
許しを乞うように紡がれる俺の名前が耳に心地好くて、どうした?と思わず聞き返す。
「あっと……耳、が、擽ったい……ッス。」
うつむきながらの言葉に俺は意地悪く笑って返す。
「ああそうか、お前耳いいもんな。」
そう言いながらおまけに、と息を吹き込んでやると抱き締めている体が強張って、うあ、とかぐあ、といった色気のない悲鳴が漏れた。それが面白くて、そっと歯を立てて耳たぶをかじる。打樋は咄嗟に俺の肩口に顔を埋めて、声を堪えた。しかし荒くなった息が俺の首筋を擽って、徒に俺の心を煽るだけだった。そんなに煽るとどうなっても知らないぞ、と心の中だけで忠告してやる。コイツにだけは少し性格が悪くなってしまう俺は、忠告を声に出さない。代わりに、と思い名前を呼ぶ。
「打樋、」
耳元で囁かれる声に弱いのを、俺は知っている。
俺の声に促されるように、おずおずと顔を上げた打樋は見事に真っ赤だった。回数を重ねても変わらない初々しさに、俺は思わず口角が上がる。俺は打樋の無垢さを知るこの瞬間が、好きで堪らない。
ゆっくりと顔を近付けると、視線がさ迷う。ただ抵抗する力は強まらないままで、顔を逸らしたりもしない。ぎゅっと、眩しいものを見たように思い切り閉ざされる瞼。小さく震えていて、鼻には細かい皺が寄る。毎度力みすぎだ。しかし、俺にはそんな不器用ささえ愛しく思えた。
そうだ、これだ。
俺が思わず舌なめずりをしたのを、目を閉じたままの打樋は知らない。何もかも分からないまま、震えながら、強張りながら、それでも俺に全てを捧げる打樋が、そうやって全てを俺に委ねる打樋が、俺は堪らなく好きなんだ。お前が俺を大好きだって、俺に確信させるから。揺るぎない愛を感じる、などと言ったら大げさか。ただ間違いないのは、俺が打樋の全てを愛しているということだ。
俺は心を満たす充足感に深く息を吸った。そして目の前で固まる後輩の唇に、自分のそれを重ねる。求めればいつでも、欲すれば何処ででも。手に届くところで、ただ俺に近い場所で。
そうやって、俺の腕の中で、狭い狭い檻の中で、俺の独占欲に溺れてしまえばいい。俺の執着心に焼かれてしまえばいい。暗い気持ちが心を覆い、次第に口づけも深くなる。最初は固く閉ざされている唇も、ただ覆っているだけで従順に隙間を作る。そう教えたのは俺で、それに従うのは打樋だ。俺はその隙間にゆっくりと舌を潜らせて、綺麗な歯列をなぞった。
お前が知るのは、俺だけでいい。お前を知るのが、俺だけであるように。
浅いところを掻き回したせいで、打樋の口の端からは唾液が溢れる。俺は打樋を抱き締める手を片腕だけにして、もう片方の手で打樋の顎を掴んだ。自然と上を向く打樋に、俺は覆い被さって打樋の口を隙間なく埋める。鼻で呼吸するのにいまだに慣れない打樋は、少し苦しそうな声を出す。少しだけ目を細めて目の前の顔を見た。苦しそうながらも従順な打樋は、重力に逆らうことなく降りてくる唾液を飲み下す。ごくりと動く喉が視界に映って、あまりにも扇情的な様子にぞわりと体が震えた。


唇を離すと、浅い呼吸の打樋がそろりと目を開ける。少し崩れた足を俺が胴体を持って支えてやって、呼吸が整うのを待ってやる。
打樋からの非難の言葉はない。不満を顔に出すこともしない。怒ったように文句を言うでもなく、ただ、
「せん、ぱい。」
まだ途切れる息を、必死に繋いで俺を呼ぶ。なんだ?と優しく聞き返して頬を撫でれば、嬉しそうに目を細めた。
「俺、飯島先輩のこと好きで、好き、だから、あの、」
ふっと息をついて、意を決したように開いた口を、しかし俺は手で塞いだ。
「打樋。」
呼ぶと、ぱちりと瞳を瞬かせる動作で返事をする。黒く澄み渡った瞳孔には、俺だけしか映っていなかった。

「もういちど。」

そしてゆっくり顔を寄せた。

言葉よりもただ隠しきれないその態度で、俺を満たしてくれればいい。言葉を遮られた打樋は、やはり何も言わずに俺の我が儘を受け入れる。飼い慣らされた犬のように。従順に。















頭がゆだるような恥ずかしさと、けれど確かな興奮と、ないまぜになった脳内でただすがるように飯島先輩の言葉を探す。教えられた通りに、ただ従順に、受け身なだけの俺は、男としてはひどく滑稽だろう。それでもいいか、と何度目かの納得は、強引なまでに俺を可愛がってくれるその人がもたらした。
前髪から、覗く目が。
その目がとても幸せそうだったから。俺をからかうような色はなくて、ただ幸せそうに、愛しそうに細められていたから。
ああ、このままでもいいかな、と滑稽なほど単純な俺は、またゆっくりと飯島先輩に身を委ねた。

まわりがすっかり形を失って、目の前にいる人の姿しか分からないなんて、俺はすっかり、この人好みのバカになってしまったらしい。なんて、嘆くふりをして喜んだ。
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