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□未来永劫に好きでいる
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いくつになっても平日の朝は気が重いもので、むしろ年を重ねるごとにアラームの音が憎くなってくる。要するに眠い。大学に行きたくない。

「あー……くっそー……だりー……。」

設定した時間通りにアラームを鳴らす有能な携帯電話に対して融通が利かねぇなと理不尽にキレてしまいそうなほど気分が悪い。なんだか頭のあたりがもったりとした液体に包み込まれているようだ。重くて怠い。第一に眠い。一番重いのは瞼だ。
若者らしく乱れた言葉遣いで時間を罵倒し大学を罵倒し、果てはこんなことを強いてくる社会を罵倒し、とうとう日本を出る決意を固めたところらへんで、ようやっと、なんとか瞼を上げることができた。2ミリくらい。これ以上は無理。自分の限界を悟った俺は、仕方ないと潔く負けを認め、もう一度瞼を閉じる。起きること失敗した俺はしかしそれで挫けることは無い。一度挫折した人間が次からの行動を諦めるようになるとはよく聞いたことがあるが、俺は違った。不屈の精神だった。そうだ、そうしよう。まずは手始めに俺の睡眠を妨げる雑音を殺すところから始めよう、と携帯電話に手を伸ばした。すると唐突に音の質が変容する。
ピリリリリリ、と。これはアラームではなく着信の音。けたたましいアラームとうってかわって機械的に鳴らされる音。俺の意思とは無関係に俺の時間に侵食してくる音。
「げ」、と思わず出た声は自分でも感心するほど苦々しげである。
この着信音は、アラームより格段にタチが悪い。液晶画面を覗くまでもなく、こんな時間のこんな俺に電話を掛けてくるのは誰かなんてのは火を見るよりも明らかだ。当然のように、素直に電話に出るという選択肢はない。二度寝してて気付かなかったことにするか、そもそも携帯電話など存在しなかったことにするか、はてさて。
買ってもらってから一度も設定を弄ったことが無いためデフォルトにピリリリリと味気ない音をリピートする携帯電話、を手に取って軽く放り投げる。布団へと着地させた。その上に無造作に枕を置き、使わないせいで埃を被った辞書も乗せる。最後に(今は初夏だというのに)出しっぱなしだった外出用コートを被せれば完成だ。導きだされた答えは我ながら名案だと思った。携帯紛失中にて連絡根絶。これでいこう。
パンパンと軽く手を払って、一仕事終えた達成感を噛み締める。さぁ清々しい朝に二度寝を、と思ったが愛しの万年床は今さっき携帯を幽閉するための犠牲となったのだった。二度寝が出来ないとなると、それじゃあ漫画喫茶にでも出掛けるか、と珍しく活動的な気分になって台所に向かった。まずは顔を洗って、それから……と考えを巡らせつつ、思わずわいた欠伸を漏らし顎を撫でる……



……そこで、ひとつの違和感が。


ん?と一つ疑問符を溢して。どうせ漫喫だしスウェットのままでもいいか、と緩くなったウエストを確かめていた方の手も顎へと添える。
さわり、と左右の手で顎を撫でてみても違和感は拭えないままで、

「髭が消えた。」

違和感の正体に思い至った。

そうだ、髭がない。常であれば思案するとき手を当てるこの顎には髭が少しだけ、たくわえられているはずだった。はずなのに。
むさ苦しい上に不潔に見えるからやめなさい、と親の代わりのような師匠から再三に渡り注意されている髭。だが、中身はまだ子供だと自覚している俺としては、外見だけでも年齢にそぐわせなければ、と、そう思って、多少むさ苦しくても己の年齢を上に見せたくて、そのための髭

が、無い。

髭だ。どっかで落とすようなもんじゃなしに、じゃあ何だ、昨夜酒に酔った勢いで俺が剃ったりしたのか、バカな、昨日は酒を飲む気にもならずにすぐ寝たし、第一剃ったとか剃らないとかじゃなくて、そもそも毛穴ごと紛失したような、そんな手触りで。

すっげぇすべすべしてる。

俺は慌てて、そう、床に散乱するあらゆるゴミを蹴散らしながら慌ただしく、備え付けの窮屈な風呂場に走った。そこにしかこの家に鏡は存在しない。
この前のネイバーの侵攻で枠の歪んだ扉を開けると、正方形の浴槽と、そして。




「なんじゃこりゃ」

白く汚れた鏡には、見知らぬ女が映っていた。
 

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