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□来世できっとお会いしましょう
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「さぁ〜て……。」
バタン、と大きな音を立てて扉を閉じる。俺の生涯で最後に愛した、愛しい愛しい大王様とも此れでお別れだ。
少しだけ泣きそうになって唇を噛む。理想通りにはいかないものだ。
愛に生きて愛に死ぬ、笑顔でサヨナラ。そういった、人間たちの産み出した死へ向かう美しい方程式。
俺は小さく舌打ちをする。クソッタレ、そんなに美しく決別できるなら、そいつは人の心なんか持っちゃいない。魔族である俺でさえ、こんなに心臓が痛いのだ。人間だったらなおさらだ、この痛みでショック死するかもしれない。
俺は泣かないように周りを藪にらみにして、ぐっと唇を噛む。大王様の居る広間へと繋がる廊下はここだけで、長く広く、見晴らしがいい。
一直線に、この世界の終わりへと伸びる道だった。
耳をすませば、わりと近くに勇者ご一行の雄叫びが聞こえる。今吠えているのは、研磨が仲良くしているオレンジ頭の勇者だろう。雑魚を蹴散らし、この場所へ向かってくる。近い。騒がしい足音も、砂ぼこりの巻き起こる音も、ぐんぐん近付いてくる。近い。終わりが勢いをつけて向かってくる。
死が、間近に迫っていた。
「クロ!!」
悲鳴に近い叫びに顔を上げれば、顔を真っ青にした研磨を先頭に、勇者ご一行が廊下のはじまりに現れた。
少し見ないうちに、ずいぶんとでっかい声が出るようになったなぁと、俺はなんだか懐かしい気持ちで思った。
「よぉ研磨。ようこそ勇者様。よくぞここまで……っと、この台詞は、アイツに取っておかなきゃな。」
俺は一歩踏み出した。勇者がみじろぐ。研磨は、微動だにしなかった。
一歩、一歩。
自分から死へと近付くというのは妙な気持ちだった。今までに感じことのない、おかしな安らぎがあった。あぁ、アイツもこんな気分だったのか。そうかい、これは酷く気持ちがいい。
ピタリ、とちょうど勇者たちと目線が合う距離で止まる。研磨が俺を鋭く見ている。俺は勇者と視線を合わせた。勇者は怯まずに俺を見据えた。
一人が口を開く。
「……立ち塞がるか。」
「もちろん。」
そう答えた途端に剣を抜いた。血気盛んな男だ、大王様が昔に話していた通り。
「クロ……どうして……。」
研磨の顔色は青いを通り越して白かった。色を失った唇が震えている。ただ俺を見る目は鋭く尖っていて、頼もしいことこの上ない。
「どうしてって、そりゃあ、」
愛の為さ。
今まで何のために戦ってきたか。地位のため名誉のためお金のため欲望のため。それら全てを一蹴して俺は高らかに叫ぶのだ。
「さぁ勇者諸君、大王の右腕であるこの黒尾様がお相手だぁ!大王を倒したくば、俺を倒してからにしろ!」
愛してる、愛してる、俺はお前と共に死のう。先に行って待っているから、きっと来世でその答えを聞いてやるから。
「さぁ、勝負だ。」
大王様をかけて、俺と勝負だ。
バッと両腕を広げると、あらかじめ用意しておいた仕掛けが作動した。
「な……!」
爆発音がして、俺の背後から火花が散る音。
「大王様へと続く扉が……!」
勇者たちの焦った顔に仕掛けがうまく作動したことを確信する。大王様の待つ広間、そこへと続く扉の前は今炎の海に塞がれているだろう。
「テメェ……何しやがる!」
「おっと。」
怒りを隠しもしない剣士の攻撃。元王宮勤めなだけあってかなり鋭い、が、興奮しているせいで太刀筋がバレバレだ。軽く避けてから背後に回り、声をかける。
「そう怒るな怒るな。あの扉は全ての魔法を打ち消す素材で出来ている。あの炎は俺の魔法だから、大王様に害は無いぜ。」
その言葉を聞いて剣士はあからさまに安堵した。俺は喉の奥でクッと笑う。大王様を倒そうと来たクセに、大王様の危機に青筋を立てる。その矛盾に、目の前の記憶を消された哀れなヒーローは気付かない。ああ可哀想に。
こんな男に、及川は自分の救済を委ねたのか。こんな男を、及川は愛していたのか。
そんなことを思って、そんな風に考えてしまって。
思わず燃え盛った嫉妬の感情に、無意識に腕が伸びていた。
手のひらに込められたのは紛れもない死の呪文で、しまったと思った、だが止められない、マズイ、殺してはいけない
そしてふと、殺してしまおうかと決意した。
コイツを殺せば及川は死ななくて済むのだ。コイツが死ねば及川は死の妄想から解放されるのだ。コイツが、コイツさえいなければ。そうだ、
「ッックッソがァ!!」
ガキィン、と。剣士の持つ剣と俺の魔法が交わった。背後から狙った俺に、剣の遠心力を利用して素早く回転し対応したのだ。俺の殺気に当てられても戦意を喪失しないどころか、咄嗟に対応したところに思わず感心してしまう。
だが殺すという咄嗟の決意は揺るがなかった。
「……急にヤル気出してんじゃねぇよ、さっきまでヘラヘラしてたクセに。」
ギリギリの力で互いに押し合いながら、しかし剣士は不敵に微笑みながら俺を挑発する。
「こんなもんか?」
お前の愛は
脳内で知らない誰かの声が響く。冷静な神経が痺れていく。俺はとっくに熱に焼かれていた。
「……んなワケねェだろ!」
「ッ!」
ギィインと脳を揺らす轟音。剣士の剣は砕け、その体は鎧ごと吹っ飛ばされる。俺の立つ場所が圧に耐えきれずビシビシとひび割れていく。
信じられないほどの力が湧いてくる。これが愛の力だな、なんて笑ってみようとしても、すぐに殺気に覆される。
ごめんな及川、
心の中で一応謝罪をして、目の前の剣士に一切の手加減無しで殺意をぶつけた。
一緒に死んでやれなくて、ごめんな、
「クロ!!」
幼なじみの声が聞こえて、チビちゃんの拳が俺を目掛けて飛んできて、頭上から丸頭の弓が降ってくる。
一瞬、思考が止まり、チラリと研磨の姿が過る。脳裏に焼き付いているのは幼い姿のヒヨッコ魔導師で。
「……ッ、オラァッ!」
炎を呼んだ、大王様への扉を塞ぐ炎を。炎は一瞬で丸頭の弓を焼き、チビちゃんを風圧で退け、そして頭の中の思い出を焼き払った。
嗚呼クソ、これ使う気無かったのに。
自分の迂闊さに歯噛みしながらまた勇者たちへと向き直る。剣を壊された剣士に、体の小さな格闘家、丸頭の弓使いに、幼馴染みの魔導師が。
俺を殺そうと対峙していた。
おうおうやっと全員、やる気になったな。
ふうと息をついてやれやれと首を竦める。最初っからそうすりゃいいだろう。俺は最初っから死ぬ気でやってるからさぁ。
「全力で来いよ。」
斜に構えて指で招く。
それが合図だったかのように四人が一斉に俺へと向かってきた。
今度過った光景は、ただ孤高な後ろ姿で、
ああ、やっとお前を愛せるな、と俺は心の底から笑った。