HQ!!BL

□来世じゃきっと会わないだろう
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遠くで聞こえる声には聞き覚えがあった。かつては俺の部下で、もっと前には幼なじみだった、そんな人間の声だった。

「……いよいよ、かぁ。」

感慨深くて思わず溜め息をついた。ようやっと、帰ってくる。ようやく俺の長い長い一生が終わる。

「いよいよですねぇダイオーサマ。」

隣でニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべるのは俺の直属の臣下である黒尾だ。いまいち尊敬が感じられない敬語で、砕けた態度で俺に話しかけるくる。

「……なに、何か不満でもあるの。」

やけに楽しそうな黒尾をじとーっとした目で見れば、滅相もない!と大げさにおののいて見せる。芝居じみたその動きは普通に俺の神経を逆撫でした。

「大王様に対してここまで舐めきった態度でいるのはお前くらいだよ本当……はぁ。」

呆れて言ってやると黒尾は面白そうに笑った。

「そりゃ不満はありますよ〜。だって大王様が死んだら今まで築き上げてきた地位もおじゃんになる訳ですし。本当に大変だったんですから、俺がここまで来るの〜。」

「……それは悪いと思ってるよ。」

「でもやめる気は無いんだ?」

無言。

大きな扉を隔てた向こうで、花火のような鈍い爆発音が聞こえる。黒尾は俺を見ているようだった。俺は黒尾の方を見ない。俺の横顔を焼くような、熱い視線だった。

「そんなに見ないでよ。」

「見てませんよ。」

しゃあしゃあと言いやがる。ムカついたんで思いっきり嫌な顔をして黒尾の方を向いてやった。

黒尾は笑顔だった。

……拍子抜けした。せっかく作った表情からするすると力が抜けていく。無表情になった。

「……なんでそんなに笑ってるの。」

「笑ってないですよ。」

「嘘ばっか。」

「……楽しいからですよ。」

黒尾は笑っていた。不満だと言いながら、穏やかに。

もしかしたら、これから死に向かう俺よりも穏やかに。なんだかとても、腹が立つ。

「俺は楽しいことなんて、一つも無かったよ。」

「でしょうね。」

黒尾はなんてこと無さそうに言った。ニヒルな微笑みで。

「じゃなきゃ、大切な幼なじみの記憶を消して自分を殺すように心を操って勇者引き連れて魔族の何もかもを壊すように仕向けるなんて狂った真似、できないでしょうよ。」

ククク、と喉の奥で笑いを転がす。俺はちっとも面白く無かった。

「……岩ちゃんにも悪いと思ってる。ちゃんと来世で謝る。」

「大王様は極悪だな。」

極悪だ、黒尾はまるでその言葉が美味しいお菓子であるかのように口にした。微笑みながら、極悪だ、極悪だ、と。

「悪は滅びる、なるほどそれなら道理で。」

黒尾は俺に向けていた微笑みのまま扉へと視線を投げた。

「迎えに来るのが、王子様じゃないわけだ。そりゃ、極悪だから。」

俺は黒尾にならって扉へと顔の向きを戻した。黒尾と二人で、俺の築いた城の削られていく音に耳をすました。

「それでさ、大王様。」

「何?」

沈黙を破ったのは黒尾だった。顔の向きは変えずに横目で黒尾を盗み見る。ウザったい前髪に遮られて口元しか見えなかったけど、やはり口角は上がっていた。

「なんで俺は大王様のもとに残ったと思う?」

唐突な問いだった。

「さぁ、ね。同情?」

「違うな。」

答えてみれば、黒尾はバカにするように笑った。ムッとする。

清水は直属の部下だった二人の悪魔をつけて先に城から逃がしておいた。道宮を封印した玉は今頃近くの村に届いてるころだろう。知能のある奴らには昨日のうちに立ち退きを命令したし、この城内に残るのは知能のない数あわせの雑魚だけ。俺と、黒尾以外は。

「……本当は想定外だったんだよね。黒尾は、俺の話をしたら自分から出てくと思ってたから。」

そう言うと隣に立つ想定外はこちらを向いた。俺も黒尾と向き合った。黒尾は笑いを崩さないままで、俺は泣きそうだった。

「なんで黒尾は残ってくれたの?」

頬を伝うものでようやく分かる。あぁ俺、今泣いてる。

黒尾は少し眉を下げた。それでも十分に笑顔と言えたけど、少し悲しそうにも見えた。

黒尾は自分の羽織っている長いローブの袖を掴んで、俺の目尻をごしごしと擦ってくる。加減のない強さに思わずぎゅっと目を瞑る。目の奥でチカチカと何かが光っていた。光なんて初めて見た。

「大王様が、死ぬって分かって。」

黒尾はぽつりと溢した。目を瞑っているせいで表情は分からない。

「水晶を割った。それで、偵察用の烏を殺した。それから、研磨が俺にくれたお守りをバラした。発信器入ってた。潰した。」

ガシ、と最後に乱暴に頬を擦って、涙どころか涙の跡さえも消えた。

「……俺はここに骨を埋めよう。そう決めた。」

恐る恐る目を開くと、少ししょぼしょぼする。視界いっぱいに黒尾の悲しそうな笑顔があった。笑顔なのに悲しそうとは、器用なことをする奴だと少し笑った。

「ありがとう。」

「どういたしまして大王様。」

黒尾はくるりと俺に背を向けた。扉へと向かう。この部屋から出る唯一の扉。

「俺は大王様をお慕い申し上げておりましたよ。」

ガチャリ、と荘厳な取っ手を握って、古めかしい音を立てながら開いていく扉を見つめる黒尾。それは俺が生まれて初めて貰った愛の告白だった。

「だから心中してあげます。」

黒尾は一歩踏み出した。死ぬ為に、この部屋から出ていくのだ。

「黒尾、返事聞いてく?」

ピタリ、と。敷居を跨ぐ途中だった足が空中で止まった。黒尾の背中が少し震えたように見えた。

「大王様、」

黒尾は振り返った。

「いや、及川。」

真面目な顔だった。真剣な顔つきだった。神妙な表情で、でも口角だけは上がっていた。

黒尾は笑顔だった。

「来世までの、お楽しみってことで。」

バタン、と扉が閉まった。黒尾は、扉の向こう側へと消えてしまった。

「……バカ。」

孤独に呟いてみた言葉は、分厚い扉に阻まれて届かない。このとびきり由緒ある扉を蹴破ってくる人間まで、この言葉はとっておこうと思ったのに。

「俺も、お前のこと好きだったし。」

ズビッ、と鼻を啜る。締まらないなぁと自分で思いつつも、俺は口角を上げた。黒尾を真似て。

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