HQ!!BL

□酔っぱらい
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酒くさい息が盛大に頬にかかる。まとわりつく手も今はウザったい。

「ねぇ岩ちゃあん、今年こそぜぇったいクソウシワカやろーぶっ飛ばして全国いこぉねぇええ〜。」

「当たり前だべや……お前飲み過ぎてんぞ、ほれ水。」

「岩ちゃあん声ちっさーい!ほらもっかい決意ひょおめえどうぞぉ〜。」

「もう会話成り立ってねぇわ……ダメだ、捨てるか。」

ろれつの回らん舌でべらべらと饒舌な及川は、どうやら脳の中身がまるっとタイムスリップしちまっているらしい。あの二人で肩を並べ幾多の闘いを乗り越えた日々を懐かしく思い出す。

輝かしく苦しかった、あのしぬほど幸福だった世界には戻れない。だというのに、及川は酔いに任せていとも簡単にあの頃へと戻ってしまった。

また、だな。

もうお馴染みとなった虚空を見つめる目。そんな目でお前は何を見ているんだ。何を探しているってんだ。大きな忘れ物をしたのは俺も同じで、でも戻れないことも、取り返せないこともちゃんと分かっている。及川には、それが分からない。いや、きっと理解しているつもりでも、本当のところはできないだけなんだ。できない、不可能なんだ。

いつになく幼い顔で笑っている及川をぼんやり眺める。やはり、あのころが一番幸せだった。それは認めよう、俺もそう思うから。ただ、その幸せなころを溶けだした脳みそで再生して、手繰りよせかき集め、宝物みたいに抱き締める及川が、少し哀れにも見える。実際お前は可哀想だ。可哀想で、可愛そうだ。

幸せだった過去に焦がれて、記憶をなくすほど酔いしれて、そんな生き物を哀れと思わない方が難しい。

「ねぇ岩ちゃあん。」

舌ったらずな呼び方が無性に涙を誘って、俺は泣き上戸だっただろうかと自問する。答えは出てこなくて、ただ及川の指先が俺の頬を優しく撫でるのが心地よい。

「岩ちゃんもけっこーよっぱらってるよぉ。」

にへらと微笑みながら及川が俺を抱き寄せて、そこからはもう、いつものように、二人して静かに泣いていた。

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