HQ!!BL

□you need me
1ページ/1ページ





「ウシワカちゃんってアレなんだってね?」

にたにたと、嫌な顔で及川は笑っていた。俺の心臓を突くように人差し指を立てて、確信に満ちた両目で俺を窺いながらこう言う。

「絶倫。」

「……その呼び方をやめろ及川。」

「あら、図星?」

「うるさい。」

煩わしいと示すため意識して睨み付けてみても、対する及川は余裕綽々といったふうに小さく笑い声を立てるだけだ。及川は俺を見上げているはずなのに、なぜか俺の方が見下されているような雰囲気さえ感じた。何だこの不快感は。試合では一度だって感じたことが無い。

及川は俺の胸に突き立てた人差し指を円を描くように動かしながら、嫌みったらしく、いっそ妖艶なまでの笑顔を見せた。

「やっぱり図星じゃん。」

一歩も引けをとらない及川に、執念めいたものを感じて、俺は無意識のうちに唾を飲み込んだ。


















事前調査は完璧だった。

牛島若利という唯一無二のものを手に入れる至上の一手。

願ってもない大チャンス。


俺ははやまる鼓動を押さえつけて、牛島若利の「ある特徴」についてのリサーチを進めていったのだった。



曰く、牛島若利は女性をとっかえひっかえにしている。

いっかい寝たらハイサヨナラってパターンばかり。長く続いた例は見たことがない。しかも大抵の場合は相手の女性から別れを切り出されてしまうらしい。

いったいどういうことなのか。俺はその理由を探るべく、牛島と付き合って、そして別れてしまった女の子たちに近付き、リサーチを開始した。

近付いた女の子の中には牛島と別れたばっかで傷心を装ってる子とかもいたんだけど、そんな子も俺がちょっと近付いてちょっと優しい言葉をかけてあげればすぐに口を軽くした。変わり身の早さに呆れることもしばしば。

……まあそれは置いといて。


女の子たちから聞いた話を総合すると、その結果。




曰く、牛島若利はとんでもない絶倫であるらしい。

抜かずの3発なんて当たり前、気絶したとしても容赦なく続行、一晩中励んでも疲れを見せない、などなど……武勇伝といおうか、いやそんな化け物の相手をさせられた女の子たちからしたら恐怖体験になるんだろうね。そういった話をたくさんされた。

牛島は、絶倫。しかも手加減を知らず、発情期の獣のように事に及ぶのだそうだ。

それはそれは……普通の人間だったらそんなカレシと付き合い続けるのはごめんだろう。しんどいもん。しかも聞けば聞くほどそりゃ凌辱と言われても仕方ないんじゃないのと若干引いてしまうような話も出てきて……なるほど、そんなわけで牛島はいっかい寝たらフラれることが常なのか、と俺は納得してしまった。

相手をさせられた女の子たちも、この話を知った後じゃ可哀想にと少し同情してやらなくもない。





が、問題はそこじゃない。

可哀想に、とは思うけど、俺からしたらそんな牛島の「特徴」は幸運としか言いようが無かった。信じてもいない神に跪いてしまいたいほどだった。彼女たちには可哀想にと同情する気持ちよりも本当にありがとうという感謝の念の方が大きい。

牛島の相手ができなくて、一晩で泣き言をこぼしてあっさり身を引くような脆弱さで、本当にありがとう、と。



今まで牛島を満足させられるような器を持った子はいなかった。今まで牛島は満足な女の子に出会ったことが無かった。

性欲がどんな欲望よりも強く発現する思春期、体力全盛ヤりたい盛りな男子高校生。牛島若利といえども一皮剥けばそんなもんだ。牛島若利もれっきとした男子高校生だ。

性欲の捌け口を片っ端から失っていくのって、結構ストレス溜まるでしょ?

でも大丈夫。俺ならばきっと満足させることができるから。女の子みたいに女々しく喚いて、泣いて拒んだりなんかしないから。底なしの体力に付き合ってやれるだけのパワーだってあるから。

そこに、つけこんで、付け入って、お前を俺のものにしてやるんだ。














痛いぐらいに早鐘を打つ心臓を宥めようと、俺は深く深呼吸をした。吸って、吐く。背中を伝う汗の冷たさに震えながら、俺は必死に笑顔を作る。

「そーんな睨まないでよウシワカちゃん。別に、絶倫って悪いことじゃないでしょ。」

牛島の眉がぴくりと動く。そりゃね、それが原因で女の子にフラれまくってんだから本人からしたら悪いことだし、わざわざ掘り返して話をされるのもいい気分しないだろうけど。ね、俺にとっては好いことだから。

牛島の機嫌が悪くなったことに気付かないフリをして俺は話を続ける。

「……うん、絶倫ねぇ…………。まぁ確かに、悪いことじゃないんだけどさぁ……。」

一度近づけていた身体を離して、一端距離をとる。心臓を突き刺そうと構えていた人差し指を今度は己の唇に添えて、嫌らしいくらい大袈裟に弧を描く。焦らないで、早々に結論を出さないように。

そして、牛島と付き合っていた女の子たちへの同情をかき集め、哀れみを総動員して心底悲しそうな表情を形成し、憐れみを誘う流し目で口を開く。

「でも、そんなウシワカちゃんの相手をさせられる女の子は可哀想だよね。」

「何が言いたい。」

顔がひきつっている牛島に鋭い声で糾弾される。思惑通りに進んでいく事に内心でほくそ笑んでしまう。しかしあくまでも表面上は悲しそうに、心底哀しそうに、美しいくらいに完璧な演技を保ちながら牛島に絡み付くように言葉を投げ掛ける。

「か弱くて可愛い女の子たちを、これ以上犠牲にしたくないってこと。」

見つめると、牛島は真っ向からにらみ返してきた。思わずぞわりと背中を駆け巡る衝動。落ち着けと自分を宥める。

睨み返してきた視線に孕んだ、色。

核心をついてる、って手応えがあって思わず舌なめずりをした。

ああもう心臓がうるさい。

俺は声が震えないように平静を装って、精一杯取り繕って、強ばる筋肉に無理を言って笑顔を作りながら、ある提案を叩きつける。



「ねぇ、だったら俺にしときなよ。」












「…………どういうことだ。」

牛島の握りしめた拳が震えている。

やばい俺ちゃんと笑えてる?手が汗でぬるつく。嘘、思ったより緊張してるかも。背中にうっすらと滲んでいる汗とは裏腹に口内はカラカラに乾いていて、しばらくまともに声がでない。落ち着いて、呼吸を忘れないで。

絞り出すような牛島の声音に動揺しながら、それでも俺はあくまで余裕の態度を装い、そしてなんてことないように明るく言う。

「俺、男だけど顔には自信あるし、見た目だけなら今までの女の子よりいいと思うな。」

わざとらしく体をひねって、誘うような仕草で牛島の顔に手を伸ばす。ああうまくできているだろうか。

「……なぜ、俺の昔の女を知っている。」

「どーでもいいじゃんそんなの。」

「答えろ、及川。」

ギラギラした瞳に射抜かれて、ぞくぞくと痺れが走る。この野性的なかぐわしい色気が堪らないと思う。さらに速度を増した心臓に焦りながら、わざとゆっくり、挑発するように言葉をつなぐ。

「ウシワカちゃんには教えてあげない。」

顔に伸ばした手を頬に添えて、一気に距離をつめる。怯んで後退る牛島の肩に抱きつくようにしがみついた。

「俺、女の子より体力あるし、おもいっきり楽しめると思うなあ。」

「及川……?」

互いの服がすれあって、牛島の体温が伝わってくる。吐息がかかる距離。

俺を押し退けるために添えられている牛島の手のひらに、俺のいっぱいいっぱいな鼓動が伝わりませんように。

汗でべとべとなのがバレないといいな、なんて思いながら両手で牛島の顔を固定した。

「ねぇ、」

なるべく高く、なるべく甘く。

耳を擽るように息をかけて。

「ウシワカちゃん、」

心臓が破裂しそうで、なぜだか涙が出そう。お前がイエスと言うことを確信しながら、俺はそっと言葉をふきかけた。


「俺にだって、穴はあるんだよ?」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ