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雨だ。

ぽつぽつと髪を濡らす滴にため息が出る。走って帰ろうかとも思ったが、ダルい。ちょうどコンビニを通りかかったので雨宿りでもしようと入った。
















「いらっしゃいませー」

マニュアル通りのにこやかさで。愛想笑いは上手いと自負している。

入ってきたのは俺と同じ学校の生徒だった。学校から近いこのコンビニには同じ学校の生徒が帰りにふらりと立ち寄ることが多い。その大半が立ち読みとかジュースを一本だけとか、まあ上客ではない。アイスとジャンプの売り上げはいいらしいけど。

今入ってきたやつは烏の濡れ羽みたいな髪をしていて、同性ではあるが綺麗だと思う。顔はそんなまじまじ見ていないが、背は高いしモテるんじゃないかね、知らんけど。

つらつらとそんなことを考える。ああ面倒くさい。しかし接客業は面倒くさいが時給が良いのだ。インドア趣味の俺は何かと金が入り用で、今月も新作のゲームが出る。

それに上手にサボれば然程疲れない。

と、そんな風にボーッとしているとまた来客だ。

「いらっしゃいませー」

先ほどよりいくらか気の抜けた声で言って、その客を見た。

らっきょうみたいな独特なシルエットをしたその人物は同じ学校の奴で、制服の色が少し濃い。

ああ雨降ってんのか。ビニール傘出さなきゃ。あとマット敷かないと。




















コンビニはがらんとしていた。愛想のいいセンター分けの店員しか店内に居ない。

俺は迷わず雑誌の置かれているコーナーに行き、ジャンプの立ち読みを始めた。特にこれといって好きな漫画はないが、ワンピースくらいは読んでおこうかと思い表紙を捲る。スポーツものは経験がないので読み飛ばす。

俺の身長は高い。体格だって悪くない。運動音痴ではないし、足も速い。

でもスポーツはやってない。

バスケもサッカーも野球もバドミントンも卓球もハンドボールもテニスも柔道も、始める機会はあった。友達に誘われもしたし、勧誘もされた。中学のときは引く手数多だった。

でも、どれも、なにか違う。

バスケもサッカーも野球もバドミントンも卓球もハンドボールもテニスも柔道も、できないわけではない。体育の授業じゃうまくやってた。

でも、なにか違う。

ふっと自分の手を見る。

ジャンプの薄いページを繰っている指。背表紙を支えている掌。

この手に、この手に納まるもの。

なにか違う。

なにか違う。

そんな違和感がもやもやと心を占める。

なにか、なにか、

得体のしれない寂しさと、どうしようもない喪失感に胸が苦しくなる。

手が疼く。発作のように繰り返されるこの感覚は、どうしても慣れない。

ジャンプを棚に戻してぐーぱーと手持ち無沙汰に動かす。

ふと目に留まった雑誌には、最近人気のモデルが爽やかに笑っていて、ああこれもどこか違う。

俺はこの手から大事なものを失くしてしまったような気がする。

目頭が不意に熱くなって、誤魔化すように外を見た。

どしゃ降りになっていた。














「あー…最悪。」

色が少し濃くなった制服を見てしかめっ面をつくる。急に降ってきやがった。ため息をついて頭をがしがしとする。つんと立った髪はよく弄られるし、雨に濡れても硬度は保ったままなので、ちょっとしたコンプレックスだ。

立ち読みでもしつつ雨宿りをしようと入ったが、自分と同じ制服の先客が居た。たまに見かける顔だからたぶん同学年なんだろうけど、何をするでもなく手をぶらぶらとさせながら呆けるソイツは、なんとなく近よりがたい。それとどうでもいい話だが漆黒の髪が全くと言っていいほどブレザーに似合っていない。俺が言えたことではないが。

学ランなら似合うだろうに、と適当に思いつつ仕方なく惣菜パンを物色する。ちらと横目で盗み見たレジ係は恐らく同じクラスの奴だったと思うが、入店時の愛想笑いは何処へやら、普段の学校生活のときと何ら変わらない気の抜けた顔で立っていた。

がらんとしたコンビニには俺とその二人しかいないため、なんとなく落ち着かない。何気なく店の奥へと移動して、今度は熱心にジュースを吟味する振りをした。

















土砂降りの雨に慌てて近くのコンビニに飛び込んだ。

「あー最悪……」

一瞬だったのにしっかりと水分を含んでしまった上着を見てため息をつく。

「いらっしゃいませー」

なんだか愛想を取り繕ったような前髪センター分けの店員の声に、別に望んで入ったわけじゃないデスと心の中だけで答える。

敷かれたマットで靴を軽く拭ってから店内へ。迷わず雑誌のコーナーへ行くと、気まぐれで受けたオーディションにたまたま受かってしまいなんとなく引き受けたモデルという職業に従事している俺がいた。

「ゲッ」

思わず漏れる声。こんな田舎のコンビニに置かれるほどメジャーな雑誌じゃなかったはずなのに。こんな学校の近場じゃ知り合いに見られかねないじゃないか。

表紙を飾る俺の笑顔は、我ながらイケメンだと思うものの、嘘臭いと言わざるをえない。まったく、違和感がある。

俺はその雑誌を他の週刊誌の間に挟み込んでなるべく人の目に触れないよう細工する。そこでふと思い当たって、左右を見回す。

モデルの奴だ、と見咎められないか心配したが、がらんとしたコンビニ内にはあまり人もいないし、隣に立つ黒髪で目付きの悪い男はぼんやりと宙を見ているだけだったので、ホッと一安心。

気を取り直してまだ平積みにされているジャンプを一冊手にとって立ち読みする。とりあえず表紙をめくって、推してる漫画も特にないので端から読んでいくことにした。

容姿も良くて、運動も勉強もまあそこそこで、いまいち何事にも本気になりにくい性格になってしまった。こういう漫画とかも、面白いとは思うけどあんまり熱くなれない。

友情も努力も、あと勝利も、俺には遠いものにしか思えなかった。

俺はこんなに空虚でいいのかな。進路とか考えるたびに起こる虚無モードに襲われて、俺はジャンプを持ったまま立ち尽くした。

雨はまだ止みそうにない。

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