HQ!!BL

□捕食
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「アアアアアアアッッ!」


およそ人間らしくない悲鳴と共に、僕の視界は反転した。ぐるり、衝撃。背中の骨が軋む。頭をぶつけなかっただけ良し。それより僕の肩にかけられた手が、僕を握り潰さんばかりなのが問題だ。

「若、若、大丈夫ですか、若。」

刺激せぬよう穏やかに、僕の上に馬乗りになった人物に話かける。

牛島若利。僕の仕える王は、だいぶ正気を失っているみたいだった。

血走って、獣みたいにギラギラした目を、じっと見つめる。喰われそうだ。本能に訴えかける強者の匂いに、思わずごくりと喉を鳴らした。

「大丈夫ですか、若。聞こえますか。」

もう一度話かける。瞬間、

「〜〜〜〜ッッ!アアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

叫び、野性的な。

耳をつんざく音に体が震える。怖いのだろうか。でも、離れるわけにはいかなかった。大きく開いた口から覗く歯が、今まさに僕の肩を食い破ろうとしても。

「ッ……あッ」

躊躇いのないしぐさで、容赦もなく、僕の肩口に食らいつく。熱い液体が流れ出したのが分かった。堪えきれない痛みに声が出そうになるのを、唇を噛んで抑え込む。

「ッ、若っ…………落ち着いて、くださ、い。」

涙でぼやける視界。そんな視界に映る体育館の天井。暫く人はこないだろうから、それは別に心配ではないのだけれど……

ぐちゃ、と嫌な音を出して若が僕の肩から顔を離す。荒い息をする口を、血で濡れた歯が飾っている。怖い。今度は明確にそう思う。

捕食される。

それでも逃げようとは考えない。考えちゃいけない。痛みと恐怖のせいで息が荒くなる。若の息と僕の息が至近距離で混ざりあう。

「わか、」

僕は少し震えている手を持ち上げた。若の頬に、触れる。

ぴたり、と若の呼吸が止まる。僕は指を食い千切られなかったことに心底安堵して、若の頬を優しく撫でた。

「若、大丈夫です。僕はここにいます。僕は若と、共にいます。」

ゆっくり、ゆっくり。息をつきながら、理性を失った頭にも届くように、僕は言葉を伝える。

「大丈夫です。若。大丈夫です。」

もう片方の手を伸ばし、若の首に絡みつくようにした。そっと力を込めて、顔と顔の距離を縮める。

血の香りが、僕の鼻をくすぐった。けれどもう震えない。若の瞳には、すでに理性色が戻っていた。

「…………俺は……」

混乱したような若の顔。それに俺は少し笑って、

「きっと疲れが出たんです。ちゃんと気を休めないと、精神的に参ってしまいますよ、って僕はあれほど言ってたのに。」

「すまない……。」

若の、王としての苦しみや、重みは、僕には分からない。ただ、僕ができることは、忠実なるしもべとしてあなたの側にいるだけだ。

若の唇が動いた。その形は、僕の名を紡ごうとしていて、でも、それは叶わなかった。

僕は若の口を捕食した。あなたが紡ぐ「僕」をすべて飲み下してしまいたい。あなたの吐こうとした「僕」をすべて吸い付くして、僕は若から離れた。

あなたの望む僕になって、どうかあなたの安らぎのしもべとなれますよう。

若の呆然とした顔に、僕はまた少し笑った。口の中は、血の味がした。
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