HQ!!BL
□拳と共に愛を振るう
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衝撃が、骨を揺らす。
一瞬の静寂、次いで情けない悲鳴が上がり、けれどそれは、もう一度振り上げられた拳により掻き消される。すると殴られた人物は、今度は悲鳴の代わりに酷く噎せて、しかしその咳も耳障りだとでも言うように、また殴られた。
俺がなにか、岩ちゃんを怒らせたんだ。
及川徹は、幼なじみである岩泉一が振るう暴力について、そう解釈していた。
岩泉一は理由もなしに暴力を振るうような男ではない、暴力を振るうにしても、それでもそこには正当な訳があるはずなんだ、と、純粋な虐待行為に対して都合のいい考えをしていた。その及川の言う、「理由」や「正当な訳」についての心当たりは微塵もない。しかし、及川徹は自分が悪いと信じて疑わなかったし、こんなことをされてもなお、幼なじみに対する「信頼」や「絆」を感じていた。
だからもちろん、及川徹は一度も抵抗しなかった。
攻めるような素振りも、拒絶する態度も見せなかった。
それが岩泉の暴力を加速させる原因にもなったのだが、それでも及川は岩泉の暴力を受け入れ続けた。
「及川さん」
呼ぶ声は随分と珍しいもので、何やら切羽詰まっている。
「なぁに、トビオちゃん。俺ちょっといそがしいの。」
虚ろな目で返答する及川に、影山は苦しそうな顔をする。及川の力なく垂れた手に握られた携帯は、ただ「こい」とだけ記されたメールを表示していた。
「もう、止めてください。行っちゃ、ダメです。」
影山の声は切羽詰まっていて、そして悲痛な叫びだった。しかしそれに及川は、うっすらと笑いながら言う。
「なんで?岩ちゃんがこいっていってるんだよ?従わなきゃ、俺、また殴られちゃうよ。トビオは俺が殴られてもいいの?」
「行っても殴られるくせに!バカかアンタ!」
思わず掴みかかる影山に、けれど及川の反応は薄かった。あはは、と乾いた声で笑い、そっと頬のガーゼをなぞる。
「だって、しょうがないじゃん。岩ちゃんは悪くないよ。悪いのは俺、殴られてもしかたないよ。悪いのは俺なんだ。岩ちゃんは、わるく、ない。」
その言葉に、思わず影山は激昂した。
「そんなワケねぇだろが!そこまでボロボロにされて、なに考えてんだ!このままだとアンタ本当に死ぬぞ!」
息をあらげた言葉を、及川は受け流す。
「ああ、うん。死ぬのはこまるな。でも、だいじょうぶ、あんしんして、岩ちゃんは俺を殺したりはしないよ。ちゃんと、加減して、死なないように、殴ってくれるよ。」
「…………どこが大丈夫なんだよ……っ!死なないよう殴ってくれるってなんだ、それは死にそうになるくらい殴るってことだろうが!どう安心しろっていうんだ!及川さん!!」
影山に嫌な汗が浮く。
ああ、もしかしたら、
もしかしたら、
この先輩はもう、手遅れなんじゃないか……
「くっ…………及川、さん」
振り絞った声で名前を呼ぶ。微かな期待を込めて、敬愛する先輩の、名前を、
「な、んで、及川さん……!」
「……だって、岩ちゃんはね、」
及川は無邪気な笑みで言う。
とても、無邪気な笑みで。
「俺がいないと生きていけないって、そう、言ってくれるんだよ。」
幸せそうに、俺は愛されているから、だいじょうぶ、と、
及川は言った。
その目にはもう光がないと気付いた影山は、掴んでいた手を放した。
そして、とっくに壊れていた先輩のボロボロの身体を見て静かに、涙をこぼした。