HQ!!BL
□眼科行け
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「なぁ、松川。」
振り向くと、岩泉がボールを弄びながら立っていた。なぜか視線があっちへこっちへ泳いでいる。
「なによ。」
岩泉はしばらく言い辛そうにもごもごと口を動かしていたが、やがて意を決したように俺を見た。
そして、
「ちょっと、相談したいことがあるんだが。」
いいか?と、心底困った顔で聞いてくるので、俺は何も言えずに頷いた。
岩泉が相談事なんて珍しいな。
俺は岩泉の出してくれた麦茶を飲みながらあの困りきった表情を思い出す。あの後ついてきてほしいと言われ連れてこられたのがここ、岩泉の部屋。要するに他の人に聞かれたくないということ。ますます不思議に思う。
岩泉に限って何か疚しいことだったり、悪事の相談だったりすることは無いだろう。大抵の面倒事なら自分で解決しちまう岩泉だ。まぁそれは自分で全部背負い込んでしまうという、悪い癖っつーか、美徳っつーか……。
そう思えばこうやって俺に相談事を持ちかけてくるなんて、かなり珍しいのではないか。珍しすぎる。それほど深刻な何かを抱えている、ということだろうか?一人じゃ抱えきれないと岩泉が思い悩むほどに?
色々考えているうちに、岩泉がトイレから戻ってきた。なんか顔色悪いんだけど、腹の調子でも悪いのか。と思ったら用意していた冷たい麦茶をイッキ飲みした。おいおい。
どうやらかなり思い詰めておられるご様子。これはもう……俺では力不足やも知れんが、覚悟を決めて、俺の精一杯で支えてやるしかねぇじゃねぇか。ここは一つ男を見せよう。
そんな風に俺は覚悟を固めて、岩泉を出来るだけ真面目そうな顔で見る。どんなこと言っても驚かないし、受け止めてやろう、支えになってやろう、と。
しかしそんな俺にも予想外の言葉が、岩泉の口から吐かれた。
「どうしよう。最近、及川が可愛く見えるんだ。」
「………………は?」
数秒、時が止まる。
「は?」
再度吐き出された疑問に、しかし岩泉は無頓着で、
「アイツが……及川が可愛く見えて……おかしい……あんなウゼェのに……。」
ぽつぽつと語りだした。
待て、ちょっと待て。
まだ俺の脳が追い付いてない!待って!
軽いパニックを起こしている俺。え?なんだって?我らが青葉城西バレー部主将及川徹が、KAWAII?KAWAII?KAWAIIってあの……可愛い?
「頭おかしいんじゃないかお前!」
今しがた思っていたことは全部吹き飛んだ。受け止める?支える?俺にゃ無理だそんなの!
だってあの思ったよりゴツゴツしてる実はゴリラみたいな及川が可愛い!そんなん受け止めきれるか!支えるもなにも端から逆立ちしてるようなもんだろこんな話!
俺は思わず立ち上がって岩泉の肩を揺さぶる。気は確かか!しっかりしろ!
岩泉はそれに対して困ったような怒ったような顔をして、
「俺にも分かんねーよ!」
そう叫んで頭を抱えた。
「及川が可愛くてしゃーねーんだよ!めっちゃ幸せそうに牛乳パン頬張るところとかストレッチで少し強く押してやるとキツそうな声出すところとか練習中に上気した頬とか何度嫌そうな顔して見せても岩ちゃんって呼んでくるところとか授業中気ぃ抜いてよだれ垂らして寝てるところとか寝癖なおってないままのふわふわした頭とか鞄の中に俺が冗談でやったゴリラのぬいぐるみが入ってるところとか実はいつもハンカチ持ってるところとか調子乗ってなんでもない所でコケてるアホなところとか影山の前で粋がってるところとかウシワカの前で強がってるところとかバレーの試合見るときキラッキラ光る目とか携帯のストラップが古くてダサいバレーボールのミニチュアだったりするところとか携帯の待ち受けを俺にしてるところだとか着信履歴が俺でいっぱいのところとかメールの履歴も俺でいっぱいのところとかセッターだからって言いながら爪の手入れしてるところとか、ああつまりだな、」
全部可愛い!
岩泉の告白を聞いて、思うところは色々あった。それは要するにノロケじゃないのか、とか。さっきウザイとも言ってたのに、全部可愛いとはナニゴト、とか。そもそも並べられた事象が多すぎて後半はほぼ聞き流していたのだけどお前よく噛まないで言えたな、とか。
色々とツッコミたいことは山ほどあるのだが、とりあえず今は、これだけは言いたい。言わせてくれ。
「岩泉、いいからまずは眼科行け。」