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□また来てね
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「また来てね〜」

ヒラヒラと手を振るそいつをばれないように見つめていた。
そいつは営業用の笑顔を顔に張り付け、周りからは女子の色めき立つ声が聞こえた。

「やっぱ及川客寄せで正解だったわ。客が絶えん。」

俺の横ではクラス委員長が笑う。
まぁあいつのルックスなら客寄せなんて朝飯前だ、と俺は心中で静かにのろける。

「そろそろ休憩だな。午後から客増えるだろうし、一旦交代。」

クラス委員長が屋台の中に声をかけると、みな作業を中断してわらわらと動く。
及川もはーい、と外面用の返事で呑気に言った。持っていた看板を下ろして、暑いねーと手で顔を仰ぐ。
そんな姿も涼やかで、また1人ふたりと客が寄ってきた。
なんつーか、電灯に群がる蛾のようだ。

「おい、休憩。」

他校女子に囲まれて眉を八の字にする及川に声をかけてやると、途端にホッとした顔になる。
ごめんね、と言いながら女子をかき分け、俺の元へとやってくる及川。
視線が痛いが気にしないことにする。
けれど及川はそんなものほっとけばいいのに、「またね〜」ばいばい、と律儀に手を振った。
瞬時に沸き上がる女子の群れに、俺はどうしようもなく苛立つ。
なぜか、及川の「またね」という声が脳内で響いていた。












今日は青葉城西の学園祭。一般公開日。

高校生活最後の学園祭、いやでも盛り上がる。当然クラス中が沸き立ち一致団結。みんなで成功させるぞーおー!みたいな熱血クラスが完成した。
そういうノリは嫌いじゃない。むしろ好きだ。しかも受験前の最後のハメのはずしどころとなるだろうし、ここは一丁派手にいくか、と血が騒いだ。
みんなであーだこーだ言い合って、俺たちのクラスの出し物は屋台の焼きそばとなった。まぁ定番だな。
オーソドックスで絶対成功するだろうし。売り上げで打ち上げとか、いいと思う。
しかしそこでクラス委員長がこんな提案をした。

「なぁ、及川に客寄せやってもらおうぜ。」

















「ホラよ。」

及川に冷えたスポーツドリンクを差し出す。ありがと、と短く言って及川はそれを受け取る。
その顔には先程までの愛想笑いの欠片もなく、露骨に顔をしかめていた。

「あーあ。なんでこんなクソ暑い中バカみたいに突っ立ってなきゃなんないワケ?しかもズーーーっとぎゃーぎゃー騒がれるし、看板重いし、腕疲れた。岩ちゃんマッサージしてー。」

ぐちぐちと他のやつには見せない弱味を俺にさらす。及川が俺に甘えてくる。
それを嬉しいと感じてしまう俺は、相当独占欲が強いのだろうか。

「なら断れば良かったじゃねーか。」

そう憎まれ口を叩きつつ差し出された腕を素直にマッサージしてしまう。独占欲が強い上に奴隷気質とは、我ながら隠れた変態だと呆れてしまう。

及川が悩ましげに息を吐いた。

「だって、高校生活最後の学園祭だよ?なんか特別なことしたかったんだよね。」

「特別、ね。」

及川の腕を揉む。鍛え上げられていて、柔らかいところがない。筋肉の弾力が手のひらを押し返し、その感覚は結構好みだった。

「でも出し物は模擬店で焼きそばで、オーソドックス極まりないじゃない。なーんか詰まんないな、って。まぁ結局客寄せなんてのは詰まらない以前に最悪だわ。」

動物園のパンダの気分、及川はもう一度溜め息を吐いた。

そういう憂鬱そうな顔も、絵になるな、なんて思った。
そしてせっかくの学園祭を楽しめていない及川を、哀れに思った。

なんていうのは建前で。

「サボるか。」

「え?」

「客寄せなんてサボろうぜ。」

俺は言うよりも先に及川の腕を引いて歩き出した。

俺もこんな学園祭は楽しくない。
及川の笑顔に群がる女子にイライラするし、そんな女子にまたねとか言う及川にもイライラする。嫉妬する。
それが例え愛想笑いでも、営業サービスでも、恋人がそんなことして、嫉妬しない男なんて居るかよ。

「ちょ、岩ちゃん。」

初めの内は足をもつれさせて、躊躇っていた及川だが、しばらくするとやれやれといったように、

「もう、岩ちゃんは仕方ないなぁ。」

なんて調子の良いことを言って隣に並ぶ。

自然体で笑う及川に、俺も自然と笑みを誘われて、

二人並んで、楽しい喧騒へと歩き出した。

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