HQ!!BL

□駄犬
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俺は信じられない気持ちで及川を見つめる。

瞳に宿る色は、狂気。

俺は恐ろしくなって目を逸らす。

しかし及川の手が俺の顔を掴んで、無理矢理に前を向かせた。

「岩ちゃん。」

にんまりと笑うその顔は、もう及川じゃないみたいだった。
恐怖と焦りが俺を包む。

どうしよう。

どうにかしないと、

及川をどうにかしないと、

「離せ!」

どうしていいか分からずに闇雲に暴れて、身を捩る。

しかし体全体を拘束されているせいで、大した効果は得られない。
それどころか縄が体に食い込んで痛い。

苦痛に歪む俺を、及川は嬉しそうに見ていた。

その顔は本当に嬉しそうで。

あぁ、及川はもうダメだ、と思った。

「アハハ。岩ちゃんたら、そんなに暴れてどうするの?俺から逃げられると思ってるの?」

笑う、笑う。

何がそんなにおかしいのか分からないし、理解したいとも思わなかった。
正気を失ったこの男は、もう俺の知ってる及川じゃない。

俺の好きな、及川じゃない。

「岩ちゃん、」

やめろ、その声で俺を呼ぶな。

美しく笑うその男。
その声は熱を帯びていて、俺をどうしようもない気持ちにさせる。

「好きだよ、岩ちゃん。」

頼むから、その声で、そんな声で俺を呼ぶな。
狂気に満ちた愛の告白。
しかしそれはもう及川のものだと感じられなかった。

及川の顔に貼り付けられた笑顔は、不気味で、やはり別人で、壊れている。

狂っている。

「大好き。」

囁かれる愛の言葉に、知らず涙が零れ落ちた。
俺はその言葉を欲していたはずなのに。その声で、その顔で、その言葉を言って欲しかったはずなのに。
胸が締め付けられて、涙が止まらない。
こいつはもう及川じゃない。こんなのもう及川じゃない。

聞きたかったのは、こんなに歪んだ言葉じゃない。

俺の泣き顔を見て、及川は息を荒くした。おかしい。
何もかもおかしなこの場所で、狂ったそいつから紡がれる、歪んだ愛を俺は受け入れない。

「俺は、お前が嫌いだ。」

涙ながらにそう言えば、及川は驚くほど冷たい顔をした。
悲しそうな素振りも、ショックを受けたような様子も見せず、ただ冷徹に俺を見下す。

こいつの目にはもう、俺なんて見えてない。

俺の気持ちなんて届かない。

及川は冷めた目でこう言った。聞いたこともない低い声だった。

「そんなことを言うなんて、悪い岩ちゃんだね。もう岩ちゃんは俺のものなんだから。俺が繋いだ犬なんだから。」

逃がしはしないし、

口答えも許さない。

「この、駄犬が。」
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