HQ!!BL
□片想いしか存在しない
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電車の中で、俺は珍しい人と向かい合っていた。
「……岩泉さん。」
声をかけると、彼はなんだ、と若干上の空で答えた。
けれどそれは俺も同じだった。
なんとなく目にはいって、それをそのまま口に出しただけだから。
別になにか話すことはない。
俺は視線を定めず、ただボーっとしていた。
電車のアナウンスが流れて、次が俺の目的地だと知る。
おもむろに立ち上がると、岩泉さんも同じように立ち上がった。
「……お前もか?」
何が、は特定させずに岩泉さんが聞いてくる。
俺は深く考えず、「はい」と頷いた 。
岩泉さんと先輩後輩だったころは、とうの昔、もう10年も前の話なのに、つい敬語で接してしまう。
多分、今から会いに行くあの人にも、俺は敬語を使ってしまうんだろうな。
そうか、と岩泉さんは大して驚かずに言って、ちょうど開いたドアから電車を降りる。
俺もその後を追うように電車を降りた。
二人で同じ方向へと進み、岩泉さんは黙々と足を運ぶ。
俺の方はまだ迷いがあって、ノロノロと、時間を稼ぐように歩いた。
無言。
俺と岩泉さんはそれぞれにこれからのことを考えていた。
俺はあの人に会ってどうするつもりなのか。
俺はどうすれば上手く笑えるだろうか。
心にも無い言葉を、本心とは真逆の嘘を、俺は自然に言わなければならない。
岩泉さんも同じようなことを考えているのだろうか。
目元は険しく、顔つきも厳しい。
どうしようもない憂鬱さと絶望感に耐えようと、あれこれ考えているうちにもう到着してしまった。
白い家。
これが俺の目的地。
岩泉さんも、やはりここが目的地のようだ。
俺は家を見上げて、静かに絶望した。
ここが、
ここが……
及川さんの家で、
ここに、
及川さんの、相手と、子供が、
住んで……。
今まで見たくないと思って、避けて避けて避け続け、逃げて逃げて逃げ回って、でもついに見てしまった。
どうしようもない現実を……。
愛する人の、幸せを……。
結婚式の招待状が来たとき以来の絶望だった。
6年前のあの出来事の傷は時間とともにゆっくり癒えて、もしかしたら嘘かもしれないとか苦し紛れの嘘にすがって、現実を必死に否定して、なんとか、ようやっと、立ち直れたというのに。
もう、否定しきれない。
これが紛れもない現実だ。
正直言って、俺はもう逃げ出したかった。
これから普通の顔をして及川さんに会える自信が無い。
けれど岩泉さんはこっちを見て、厳しい顔で俺を睨むように言う。
「影山、覚悟を決めろ。このまま立ち止まっていたら、俺らはいつまでも辛いままだ。救われないままだ。」
そう言って唇を噛みしめる。
岩泉さんだって、泣きそうなくせに。
俺だって、そのくらい分かってる。
この感情にキリをつけなきゃいけないことぐらい。
でも、これはあまりにも、
悲しすぎる。
残酷すぎる。
「……諦めなきゃいけないんだ…。俺らは……もう諦めないと、捨てないと、ダメなんだ…………。」
「…………はい。」
やっとのことで声を絞り出した。
岩泉さんは黙って頷いて、震える指で、インターホンを押した。