HQ!!BL

□片想いしか存在しない
1ページ/4ページ


電車の中で、俺は珍しい人と向かい合っていた。

「……岩泉さん。」

声をかけると、彼はなんだ、と若干上の空で答えた。
けれどそれは俺も同じだった。
なんとなく目にはいって、それをそのまま口に出しただけだから。
別になにか話すことはない。
俺は視線を定めず、ただボーっとしていた。

電車のアナウンスが流れて、次が俺の目的地だと知る。
おもむろに立ち上がると、岩泉さんも同じように立ち上がった。

「……お前もか?」

何が、は特定させずに岩泉さんが聞いてくる。
俺は深く考えず、「はい」と頷いた 。
岩泉さんと先輩後輩だったころは、とうの昔、もう10年も前の話なのに、つい敬語で接してしまう。
多分、今から会いに行くあの人にも、俺は敬語を使ってしまうんだろうな。

そうか、と岩泉さんは大して驚かずに言って、ちょうど開いたドアから電車を降りる。
俺もその後を追うように電車を降りた。

二人で同じ方向へと進み、岩泉さんは黙々と足を運ぶ。
俺の方はまだ迷いがあって、ノロノロと、時間を稼ぐように歩いた。

無言。

俺と岩泉さんはそれぞれにこれからのことを考えていた。
俺はあの人に会ってどうするつもりなのか。
俺はどうすれば上手く笑えるだろうか。

心にも無い言葉を、本心とは真逆の嘘を、俺は自然に言わなければならない。

岩泉さんも同じようなことを考えているのだろうか。
目元は険しく、顔つきも厳しい。

どうしようもない憂鬱さと絶望感に耐えようと、あれこれ考えているうちにもう到着してしまった。

白い家。

これが俺の目的地。

岩泉さんも、やはりここが目的地のようだ。

俺は家を見上げて、静かに絶望した。

ここが、

ここが……

及川さんの家で、

ここに、

及川さんの、相手と、子供が、

住んで……。

今まで見たくないと思って、避けて避けて避け続け、逃げて逃げて逃げ回って、でもついに見てしまった。

どうしようもない現実を……。

愛する人の、幸せを……。

結婚式の招待状が来たとき以来の絶望だった。

6年前のあの出来事の傷は時間とともにゆっくり癒えて、もしかしたら嘘かもしれないとか苦し紛れの嘘にすがって、現実を必死に否定して、なんとか、ようやっと、立ち直れたというのに。

もう、否定しきれない。

これが紛れもない現実だ。

正直言って、俺はもう逃げ出したかった。

これから普通の顔をして及川さんに会える自信が無い。

けれど岩泉さんはこっちを見て、厳しい顔で俺を睨むように言う。

「影山、覚悟を決めろ。このまま立ち止まっていたら、俺らはいつまでも辛いままだ。救われないままだ。」

そう言って唇を噛みしめる。
岩泉さんだって、泣きそうなくせに。
俺だって、そのくらい分かってる。
この感情にキリをつけなきゃいけないことぐらい。
でも、これはあまりにも、
悲しすぎる。
残酷すぎる。

「……諦めなきゃいけないんだ…。俺らは……もう諦めないと、捨てないと、ダメなんだ…………。」

「…………はい。」

やっとのことで声を絞り出した。

岩泉さんは黙って頷いて、震える指で、インターホンを押した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ