花舞う街で
□雲を掴んだ
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「おい。」
背後から聞こえた声に素直に振り返ると、そこには意外な人物がいた。女物の着物を簡単に着ただけの露出の多い格好そしたその人は、普段そこまで言葉を交わすこともなかった。
「お前、朝霧んとこの新造だろ?」
整った顔から放たれる低く艶のある声に、たいていの女は顔を朱に染める。
そんな高杉様が珍しく私に話しかけたのは、私が水揚げした翌日のことだった。高杉様は、私の頭のてっぺんからつま先まで視線を移動させた
「ちゃんとすれば見れるじゃねえか。」
「それは誉めているんですか?」
「・・さあな。」
黒髪をさらりと揺らして、高杉様はくつくつと笑った。掴み所の無い人だと思った。銀時様の様に分かりやすい人だったら、もっと気楽に話すことができたのかもしれない。
高杉様は開け放しの私の部屋に入り、無遠慮に畳に座った。私は慌てて座布団を出し、紗那を呼んでお茶の準備をするように言いつけた。その様子をしげしげと眺めていた高杉様は、何が可笑しいのかずっと笑みを張り付けている。
「お前が水揚げしたこと、銀時は?」
「銀時様?知らないと思いますよ。言ってませんし。」
「へえ。」
さらに笑みを濃くした高杉様は、急いで淹れた茶を啜った。
「そのこと知ったら驚くぜ、銀時はよ。」
「そうですか…?」
「ああ。」
絶対に、と高杉様は自信ありげに頷いた。銀時様が驚いた様子を想像しているのか、高杉様は面白そうにまた笑った。そんな高杉様の笑みは私に、銀時様は本当に驚くのかもしれない、と思わせるに十分だった。目を見開いて、口をぽかんと開けて棒立ちする銀時様を思い浮かべたら、私も少し息を漏らした。
「それはきっと、面白いことになりますね。」
「だろうな。」
私は、お互いが同じ人の同じ顔を想像していることに対して、妙な連帯感のようなものを感じた。そして、いつも大人びて見えていた高杉様が年相応な青年に見えた。それは高杉様があまりにも悪戯っぽく笑っているからなのか、それとも二人の頭に過った銀時様の呆けた顔がそうさせたのか。あるいは――。
ただ分かるのは、高杉様は私が感じていたほど怖い人ではなかったということだ。だってこんな風に無邪気に笑うのだから。ここにいたのがもし銀時様に恋をしている私でなく他の女だったら、きっと頬を染めて熱い視線を彼に送るのだろう。
窓から温かい風が私と高杉様の間に柔らかく吹き込んだ。
後に高杉様は、想像でしかなかったこれを現実にしたらしい。
-End-
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