花舞う街で

□知らなかった男
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今までが出来すぎていたのかもしれないと思った。


その日は黒い雨雲が立ち込める曇天だった。降りそうでで降らないという微妙な天候に、俺は少し機嫌が悪かった。何の予定もなかったから、俺はいつものように三浦屋へと足を運んぶことにした。
傘は持たなかった。降ったら千歳に借りりゃいいと考えていたからだ。しかし、三浦屋に着く前に雨が降り始めてしまい、俺は雨宿りにと茶屋に入った。


「団子3つね。」
「はいよ。」


恰幅の良いばあさんに注文を取って思い出す。ここは千歳が贔屓にしている店だ。よくここで団子を食べている千歳を見かけたことがある。


「お待ちどうさまです。」


出された団子は、一口食べただけでも分かるほど美味くて、千歳がここに通うのが納得できた。


「ばあさん、この団子美味いな。」
「ありがとうございます。なんせ、いつも新作を試食してくれるかわいい子がいるのでね。助かっているんですよ。」
「へえ。」
「でも、最近は仕事で忙しくてめっきり来てくれなくて。寂しいねぇ。」


このばあさんが言っているのは千歳の事だろうか。いや、十中八九千歳だろう。そして、ばあさんが言っていることが本当だとすると、千歳は最近ここに来れていないのか。だったら、


「なあ、ばあさん。」
「なんですか?」
「ここ、土産ありか?」
「ええ、もちろんですとも。何をお求めで?」
「三色団子。」


*


包んでもらった三色団子を左手に持ち、一時的に止んだ雨の隙に、俺は再び三浦屋へと向かった。
この包みを渡したときの千歳の顔が目に浮かぶ。きっと目をキラキラさせて喜ぶに違いない。自分の与り知らぬところで、千歳への感情が膨れ上がっていくのを感じた。このまま何処まで行くのだろうと、天井知らずのこの物体が成長を続けていることに僅かに興奮さえしていた。

「じゃあ、また。」
「お待ちしてます、栄太郎様。」

こんな場面にさえ出会さなければ、今日が円満に終了するはずだった。
三浦屋の前で、千歳が知らない男に愛想を振り撒いていた。いや、名前だけなら"栄太郎様"とやらは知っている。そうか、あれが千歳の突き出しの相手か。

ああ、それにしても。千歳が女郎とか半分忘れかけていた。今までタイミングよく鉢合わせしなかっただけで、三浦屋の太夫候補である千歳に客が来ないはずがない。きっと"栄太郎"以外にも通う男の二人や三人いるんだろう。

なにやってんだ俺。たかが女郎じゃねえか。

先程までの自分がなんだか馬鹿らしく感じ、加えて左手に感じる重みに苦笑した。

「…こんなもんまで買っちまって。」

ふっと一息吐いて、頭の中を整理する。思いの外冷静でいることに驚きながらも、俺はゆっくりと踵を返した。

小物屋を通り過ぎる時に気付く。千歳が使っている簪や櫛が、この頃ころころ変わってい気がする。あれは客が貢いだモンなんだろうか。そういや着物も、どんどん上質なものになっていた。あれもそうなのだろうか。
考え始めると止まらなかった。


*


「あれ、銀時三浦屋に行ったんじゃなかったのか?」

帰ると文次郎が俺を見て目を丸くして聞いてきた。甘味を食べに行っただけだと言うと、文次郎は俺の持っている包みに気が付いた。

「珍しいな、銀時が土産なんて。俺の分あるか?」
「ねーよ。全部俺のだ。」
「おいおい。この前団子やっただろ?」
「団子はすべからく俺のもんなんだ。」
「なんだよそのジャイアニズム。」

文次郎はカラカラと笑った。本当に屈託なく笑う奴だと思った。茶を淹れてきてやるから俺にもくれ、との申し出に俺は渋々承諾した。
自室に戻って煎餅蒲団に仰向けになり、足を組んだ。

文次郎が茶を淹れてくるまでの数分、悶々とする胸の内がどうやったら晴れるのかをずっと考えていた。

しとしとと耳に入る音から再び雨が降り出したのが分かった。その音はまるで俺の思考を邪魔するように頭の中に響き、それに追い打ちをかけるように文次郎が茶を持って来た。

「雨、また降って来たな。」
「ああ。」
「大黒さんの話だと、明日には止むらしい。」
「へー、なんでそんなの分かんだ?」
「雲を見れば、大黒さんには分かるんだとさ。」
「ふーん…。ま、このまま降り続くよりゃましだな。」
「そうだな。」

天候というのは戦をする上で非常に重要らしい。だから大黒は天候に関する知識をあらかた詰め込んだという、と文次郎が鼻高々に言った。

「お、この団子美味いな。」
「美味くなかったら買ってこねーっつの。」
「どこの店で買ったんだ?」
「油屋の隣。」
「あー、あそこか。まだ行ったことないな。こんなに美味いならもっと早くに行くべきだったなぁ。」

悔しそうにする文次郎に、同意見だと俺は首を縦に振った。

「今度買い出し番だから、その時寄るかな。」
「そん時は、土産宜しくな。」
「あはは、分かってるよ。」

またカラカラと笑う文次郎に、つられて俺も笑った。

夕飯食って、酒飲んで、布団に入って、寝て、そんで起きたら雨は上がっていて、雲間からは綺麗な空が覗いていた。








 



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