花舞う街で

□その男、強き魂を持つ者
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朝目を覚ますと、俺は布団の中にいた。怠い体を起こすと最近ではすっかり見慣れた部屋が目に入った。昨日のことなどなかったかのようにすっかり綺麗にされたその部屋で着物を着ていると、廊下側の襖が開いた。


「あら、銀時様。起きてたんですね。」


夜とは違い、白粉も紅も塗っていない素顔は、少し幼く見えた。いつも早起きな、と俺がおどけた様に言うと、貴方が遅いんですよと笑われた。太陽は既に天高く昇っていたから、確かにと俺も笑った。


「千歳に食事持って来させますね。」
「頼むわ、朝霧。」


朝霧が開いていた襖から千歳の名前を呼んだ。ぱたぱたと足音をさせて千歳は直ぐにやって来た。そして朝霧と少し言葉を交わすと、くりくりした目で俺の方をちらりと見た。


「銀時様、少々お待ちくださいませ。」


千歳は営業スマイルを見せつけると、またぱたぱたと音をたたせて俺の飯を取りに行った。
店の中ではこんなにちゃんとした奴なのに、何故外で会うとあんなになってしまうのかと不思議に思う。仕事と私事を分けているつもりなのだろうか。俺は先日のドロップキックを思い出して額に手を当てた。


「あの子、もうすぐ水揚げなんです。あたしの世話もあと少しなんて考えるとねぇ。」


朝霧はまるで妹か娘を見るように、千歳が去って行った方を見つめた。こういう所は、朝霧は本当に情の厚い女だとひしひしと痛感する。俺が朝霧のもとへ通うのは、どこか俺の眼前で死んだ奴の償いの気持ちがあるということを、きっと朝霧は気付いている。


「アイツ俺とあんま変わんないよな。」
「今年十六になりました。この店に来たときは、本当に小さかったのに。」


朝霧は愛しげに眼を細めた。すると俺の方に体ごと向き直って、こんな話お客様にする話ではありませんでしたねと頭を下げた。遊女の事情なんて知った事ではなかったが、少しだけ、気になった。

* * * * *

山の中に隠すように建てられた、今はもう使われていない屋敷。そこが今の俺たちの住処だ。この辺り一帯にいくつかあるこういった建物に、1ヶ月を目安に転々とするのがここの決まりらしい。ここに来てから既に二回移動している。よくもこんなに都合よく見つかるもんだと思うが、この戦で家を捨てる輩が多いのだという。


「銀時!貴様も昼帰りとは何事だ!」


割り当てられた自室に入ると、腕を組んでイライラした様子のヅラに叱咤された。部屋が少ないから俺たちのような新人が個室が貰えないのは仕方ないが、どうしてヅラと相部屋なのかは甚だ疑問である。


「ヅラよ、お前いくら人妻が良いからって、人妻しか抱けねーってのは悲しくねーか?」
「ヅラじゃない桂だ!確かに人妻は好きだが、いくら俺でも人妻しか抱かないわけじゃないぞ!だいたい女子というのは、」


くどくどと説明をしだしたヅラは、自ら墓穴を掘っている事に気付いていない。こいつは頭がいいのか悪いのか偶に分からなくなる。いや、頭の良し悪しというより、元々頭のネジが数本いかれているだけなのかもしれない。


「お、銀時帰ってたのか。飯は?」
「食ってきた。」


ヅラの話を無視して部屋を出ようとしたら、丁度文次郎と出くわした。手にはやはり茶と甘味の乗った盆。


「それ、食っていい?」
「駄目だ。」
「また大黒の?」
「いーや、今回は俺の。」
「あ、ずりー。」


いいだろと甘味を見せつける文次郎に俺は少し睨む。文次郎はそんな俺を見てまた笑った。


「銀時のもちゃんとあるよ。少しからかっただけだ。」
「なら最初っから言えよな!」
「わりーわりー。銀時の反応一々おもしれーからつい、な。」
「つい、な、じゃねーよ!さっさと団子寄こしやがれ!!」


文次郎は持ってくるから待ってろと言って俺たちの部屋の隣にある自室に入っていった。文次郎は高杉と相部屋だ。つーか団子部屋に置いてんのかよ。


「というわけでだな、やはりふしだらの行為は侍あるまじき事だと俺は考えておるのだ。分かったな、銀時。」
「いつまで喋ってんだ!!テメーの話なんて聞いてねーし、聞く気もねーよ!!」


あー、めんどくせー。めんどくせーこと山の如しだわこれ。俺の周りにはもっとましな奴いないわけ?
どうしようもなくイライラしていると、文次郎が部屋から出てきた。


「銀時、お前の分に取っておいた団子、晋助に食われてた。」
「たーかーすーぎィィィィ!!!」


俺はとうとう腰に差した刀を鞘から抜いた。そして高杉がいるであろう隣の部屋に押し入った。


「てんめ高杉ィィィ!ただじゃ済まさねーぞ。甘いもんの恨み舐めるなや!」


しかし部屋は高杉の姿はおろか既にもぬけの殻で、誰もいない。隠れているのかと思いおしいれの襖を開けるがそこにもいなかった。


「そんな所に晋助がいる訳ないだろ。」
「ヤロー、どこ行きやがったァァァァ!!」
「まあまあ、落ち着けって銀時。
晋助なら、また三浦屋だろ。あそこの小夜って女に割と入れ込んでるからなー。銀時のお気に入りは、朝霧だっけ?」
「何!?高杉はまた遊郭などに行っておるのか!!けしからんんん!!」


あァァァァ!!
糖分が足りねーんだけどォォォォ!!!


「ちっくしょ。今から三浦屋行って高杉に甘味の復讐してくる。」
「あ、おい、待てよ銀時!お前今その三浦屋から帰ってきたばっかだろー!」


後ろから文次郎の叫び声が聞こえるが、無視を決め込む。今はそんな場合じゃない。アイツ何度俺の甘味を横取りすれば気が済むんだ!これで三度目だ!いくら仏の銀さんの顔も三度までだ!


「甘味の恨みィィィ!なめんなやァァァァァ!!!」







 



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