花舞う街で
□背負う重み
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『すまない、後は頼んだ。』
それが、大黒の最後の言葉だった。
大黒匡賢という男は皆徳党そのものであり、道標であった。その道標を失った皆徳党は、あっという間に弱体化していった。戦場から離れる者もいたし、戦意喪失して自殺する者までいた。
「なんとかしなければならぬな。」
そう言ったのはヅラだった。ヅラは皆徳党を解散させて、新しく志士を募ろうと提案した。辰馬はそれが最善策だと、珍しく顔を顰めさせて頷いた。高杉は、すでにその基盤となる隊を作っているらしい。
「中々の猛者共が集まって来てるぜ。」
高杉はそう得意そうに言った。
「まだまだ規模は小せぇがな。」
「それでも、無いにこしたことはない。」
「皆徳党の中にも、まだ戦う気のある奴もおるき!」
辰馬の言っていることは正しいが、もういても数人といったところだ。もともと皆徳党は、大黒に惹かれてやってきた連中の寄せ集めだったのだから、この状況も仕方ないのかもしれない。
「銀時、お前はどう思う。」
ふいにヅラに話を振られて、俺は一瞬戸惑った。俺はこういう戦略を練ったり、頭を使うことは好まないし苦手とする。だから今までヅラや文次郎に頼ってきたのだが。ヅラはなぜ今になって俺に問うてきたのだろうか。
「………」
「大黒殿の最後の言葉を受け取ったのは銀時、お前だ。」
何を答えていいのか分からないまま黙っていると、ヅラが目を伏せながら言った。ヅラが俺に何を求めているのか、少し分かった気がした。
「俺は、まだ戦う奴がいるなら戦う。」
それが、俺の答えだった。先生のことだってある。それに、そうすることが今まで死んでいった者への償いになるような気がした。
「頭使うことはお前らに任せるよ。」
「…そうだな。頼んだぞ、銀時。」
* * *
とあるゲリラ戦の翌日。死んだ仲間の簡素な墓の前に俺はいた。そこに大黒の墓は無い。それは文次郎の墓と共に、ずっと遠くの離れたところに存在している。皆徳党は、今や見る面影もない。
皆徳党を解散させて新たに志士を募ってみると、ぽつぽつとだが着実に仲間が増えていった。それが大所帯となる頃には高杉の作った鬼兵隊はその名を轟かせていたし、ヅラや坂本も攘夷志士として天人に広く知られていった。そういえばこの頃からだったかもしれない。俺が"白夜叉"と呼ばれるようになったのは。
誰が言い始めたのか、最近では仲間内からもその二つ名で呼ばれることもある。
最前線という一番危険な場所に常にいながら、自分は生き残り、仲間だけ失う。
そんなことはざらにある。だがそれは、決して俺の意に沿っているわけではないと声を大にして言いたい。つまりだ。俺は仲間からも恐れられているということだ。その事に何の不満も怒りもないが、俺は急にやるせなくなって空を見上げた。
「そうしていると、大黒殿を思い出すな。」
何時からいたのか、ヅラが俺のすぐ後ろに立っていた。
「そうか?」
「ああ。大黒殿はよく空を見上げていたからな。」
ヅラは持ってきた小さな花を墓の前に供えた。風に吹かれて飛ばされないように少し土を盛ると、ヅラは苦々しく笑った。
「銀時、大黒殿は……いや、なんでもない。もう少しで日が暮れる。」
歯切れ悪く口を濁し、ヅラは俺の肩をポンと叩いてからその場を後にした。
大黒を思い出すとき必ず頭に過るのは、空を見上げるでかい背中だった。今まで俺はヅラと同じように、大黒が空が好きなのだと思っていた。そう俺たちが勘違いしてしまうほど、大黒はよく空を見上げていたのだ。ある時は晴天のを、ある時は星空を、またある時はよどんだ曇天を。
だが今なら分かる。大黒は決して空が好きで見上げていたわけではない事が。
俺が仲間から恐れられているという話は前述したとおりだが、それと同時に俺は奴らの精神的主柱となっている。一見矛盾しているようだが、確かなことだ。
今の俺の立場は、昔の大黒そのままだ。絶対に崩れてはならない牙城、とでも言おうか。
そう、大黒が空を見上げていたのは、思わず叫んでしまいたくなる気持ちを抑え、代わりに天を睨んでいたのである。今日の俺のように。
さあっと冷たい風が吹いた。気が付けば東の空がすっかり暗い。雲一つかからない今日の空に、僅かに星がちらついた。
雨が降る気配は無いのに、俺の頬に滴が落ちた。
「はは。そういや千歳が言ってたな。今日は、狐の嫁入り雨だ。」
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暗くてすみません。大黒匡賢の話を一つしたかったのです。
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