天勢が私のいた店に売られてきたは十年ほど前、晴太が生まれる少し前の事だ。天勢は吉原に来る前から女郎だったらしく、着ていた着物も女郎特有のものだった。しかし、ところどころに血痕があり、天勢自体も暗く脅えた目をしていたから、初めは近寄りがたかった。
「ふーん。ツラはまぁまぁだね。名はなんていうんだい。」
未だ震えている天勢に、店の主人が不躾に聞いた。
「…千歳……。」
「千歳?田舎臭い名だね。今日からお前は"天勢"と名乗りな。」
小さく頷いた天勢に、店主は一番汚い部屋を与え、一番安っぽい着物を着せた。天勢はただ頷くだけだった。そんな天勢を私は不憫に思って、その日に天勢の部屋を訪ねたのだった。
「天勢、入るよ。」
「…だれですか?」
ぼうっと外を見つめていた天勢は、私を見て首を傾げた。
「私はね、日輪ってんだ。これから一緒に働く仲間さ。」
「そう。」
天勢は興味なさげに再び視線を外に戻した。
「せっかくの別嬪が、笑ってないと損だよ。」
「ごめんね。しばらくは笑えそうもないよ。」
「…いったい、ここに来るまで何があったんだい?」
「……」
途端に暗い顔になる天勢に、私は溜息を吐いた。
「言いたくないんなら言わなくてもいいさ。」
「ううん、言うよ。あのね、」
小さく苦笑した天勢は、ぽつりぽつりと語り始めた。
私はね、小さな田舎の遊郭で女郎として働いてたの。こんな私でも、贔屓にしてくれるお客は何人かいて。周りの女郎も気の良い人たちばかりで。散歩をすれば町の人たちが声をかけてくれて、茶屋の団子は一級品でね。楽しかったよ。
でも、突然天人が襲って来たんだよ。それで、店の皆殺されて、私の禿も目の前で。私の着てた着物、血が着いてたでしょ。それで、皆を殺した天人が言ったんだ。『お前を売れば金になる』って。それでここに来たの。
これで終わり、と言った天勢の声は震えていて、頬には涙がつたっていた。
「ありがとう、日輪。話したら少し楽になったよ。」
「いいんだよ。話してくれてありがとうね。これからは私があんたの家族さ。辛いことがあったら遠慮なく言いな。」
そう言うと、天勢は声を上げて泣いた。そんな天勢を優しく抱き寄せると、天勢も強く抱き返してきた。
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