花舞う街で

□後悔した男の決意
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「おい!銀時起きぬか!!」

今日は良い昼寝日和で、縁側でうたた寝をしていたところを、ヅラの大声で起こされた。

「んだよ、うっせーなァ。」
「寝ている場合ではないのだ銀時!」
「だっから耳元でうっせーんだよ!!!」

ヅラがしつこく耳の側で大声出すから、俺の耳はキィンと耳鳴りのようなものに襲われる。それを治そうと、俺は頭を振った。

「町が天人共に襲われておるのだ!!」
「っ!!??」

がばっと身を起こし、ただ目を見開く俺にヅラは続けた。

「今大黒殿が直ぐに出陣できる者を連れて町に向かった。俺たちも直ぐに行くぞ!」

そう言い残して走っていったヅラに、俺も遅れを取らまいと急ぎ支度をした。脳裏に過ぎるのは平和そのものだった昨日の町の様子と、そして千歳の愛想笑いだった。


 *
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準備を終えてヅラの所へ向かうと、そこにはすでに十人ほどの仲間が集まっていた。皆、戦と関係のない町を襲う天人に苛立っているようだ。

「よし、これくらい集まればいいだろう。今いる十二人で、町へ行く。指揮は俺がとる!行くぞ!」

ヅラは声を張り上げると、皆も大声を上げた。そして町へ向かって走り出す。ここから町まで、走って十分ほどだろうか。走っているうちに、俺の中を段々と焦りが支配していった。いつも食料を大量買いする八百屋は無事だろうか。昨日立ち寄った茶屋は無事だろうか。三浦屋は無事だろうか。

千歳は、無事なのだろうか。

これ以上ないくらい走った。息が切れるのもかまわずひたすらに。

町に着くと、悲惨な光景が広がっていた。あちこちから火の手が上がり、悲鳴を上げ逃げ惑う者であふれている。親を殺されて泣きわめく子供、すでにこと切れた者もいる。これが本当に、俺たちを快く受け入れてくれたあの優しい町なのだろうか。

「くそっ…」

俺は目の前の天人を切り伏せながら、三浦屋へと急ぐ。人々の断末魔が四方八方から聞こえてくる度に、自分の不甲斐なさにギリッと歯ぎしりをした。

やっと三浦屋の前に着いた時、俺は呆然とした。

三浦屋は、他と違い建物の損傷はあまり見られなかった。しかし、人の気配がまるでない。まさか、と嫌な想像をしてどっと冷汗が流れた。恐る恐る中に入ると、残酷な光景が広がっていた。

まず帳簿の近くで、女将が首から腹にかけて切られていた。その周りにも、禿が数人倒れている。念の為脈を測るが、全員死んでいた。
二階に上がると、野風と小夜が重なるようにして冷たくなっていた。この先は千歳の部屋になっている。俺は逸る気持ちを抑えられない。ばくばくと高鳴る心臓が気持ち悪い。

襖は開いていた。俺は震える足で中に入る。

腹から大量の血を流す紗那に眩暈がした。無意識に口を噛むと、鉄の味がした。部屋に千歳はいない。三浦屋のどこを探しても、俺は千歳を見つけられなかった。

「……外に逃げたの、か…?」

もしくは、千歳の事だから団子でも食べに行っていたのか。だとしたらまだ生きているかもしれない。俺は微かに見えた希望に、外に飛び出した。



 *
 *
 *



「そうか、三浦屋が……野風も…。」
「……。」

数刻に亘った戦もようやく治まり、俺は大黒の所へ行き、三浦屋のことを告げた。大黒は眉間に深い皺を作り、腕を組んで空を見上げた。

「…銀時、」
「なんだよ。」
「……文次郎が、死んだ…」

ヅラが珍しく辛そうに顔を歪めているから、何だと思ったら。そういうことかよ。


「銀時、大黒さんって凄い人だよな。」


そう言って大黒のことを尊敬していた文次郎は、大黒を庇って死んだという。この戦場にあっても、文次郎は本当に優しく、争いを好まない奴だった。それでも先生の為にと、自分を殺して戦に参加していた。
そんな文次郎だったから、自分の死に際に大黒の盾となれたことに誇りを感じたんだろうか。それとも、文次郎にとって地獄でしかなかったこの世界から解放されたからなのか。死顔はうっすらと笑っていた。

「大黒殿、町の方は…?」
「生き残ったのは、七名だけだ。」

ヅラの問いに、大黒は空を見上げたまま答えた。大黒は今どんなことを感じているのだろうか。町の皆も、俺たちの仲間も、たくさんやられた。つまり、今回は負け戦だ。いくら仲間が大勢死んでも、生き残った者をを引っ張っていかなくてはならない大黒は、どれだけの魂をその背に背負ってきたのだろうか。

「…お久しぶりです、銀時様。」

か細い声で俺に声をかけたのは、腹が少しでかくなった朝霧だった。久しぶりに会うはずなのに、こんな状況ではちっとも楽しくない。

「…あの、三浦屋のこと聞きました。それで、千歳は……?」
「………」

俺は何も答えることが出来なかった。朝霧になんて言えばいいのか分からなかったし、何かを言おうとしても、喉の奥が詰まってうまく出てこなかった。そんな俺の様子に朝霧は何かを悟った様だった。

生き残りの中に、千歳はいなかった。遺体も見つからなかった。誰かが、燃えてしまったのではないかと言った。高杉だったかもしれない。

朝霧の泣き声が聞こえる。
なんで俺は、昨日引き返したんだ。
変な意地なんて張らずに三浦屋に行けば、守れたかもしれないのに。少なくとも、三浦屋の女達は助かっただろうに。押し寄せる後悔の念が渦巻く。

文次郎も、千歳も……

もう誰一人として仲間は死なせない。







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