花舞う街で
□女の傲慢
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「……銀時様を、お客様と思いたくないだけです。」
ともすれば告白にも聞こえるこの言葉を、私は胸が張り裂ける思いで言った。でも銀時様は私の言葉をなんだそれと笑った。
そっか。銀時様は"もしや"とも思わないんだ。遊女である私が男の人を客以外の目で見るなんて、少し考えれば分かりそうなものなんだけどな。つまりそれは、銀時様が私を女として見ていないということ。分かっていた事だけど、少し期待した自分に腹が立った。
「なんでもないです、今の忘れてください。それと、さっきは申し訳ございませんでした。」
駄目だ。これ以上銀時様といたら、泣いてしまいそう。こんな事になるなら、いつも通りの接客をしていればよかった。
惨めな気持ちを顔に出さない様にしたら、強張った無表情になってしまった。
「んだよ急に。怒ったり謝ったり、忙しい奴。」
「きっと反抗期なんですよ。」
「それ自分で言うか?」
「細かいことは気にしないでください。」
意味わかんねーから、と銀時様は続けた。そんなこと言われたら余計に虚しくなる。いや、今は何を言われてもきっと駄目なのだろう。
「それより銀時様、今日も朝霧姐さんのとこですか?」
「いや、今日は高杉に用があっただけだ。」
「晋助様に?晋助様は小夜さんと一緒でしたから、今頃夕食でも召し上がってる頃だと思いますよ。」
「まー、用があったっちゃあったけど、もう済んだっつーか。」
「そうですか。」
歯切れの悪い返事をした銀時様は、頭をぽりぽりと掻いてお茶を啜った。が、湯飲みにお茶はすでに無く、すすと空気を吸う音だけが聞こえてきた。気まずい沈黙が、私の部屋に流れた。
「…まぁ、確かに俺も悪かったよ。怒鳴ったりして悪かったな。」
「…………。」
「じゃ、そろそろ帰るわ。」
銀時様はそのまま立ち上がって、部屋を出た。本当は銀時様について見送りをすべきなんだろうけど、私の足は動いてくれない。私は涙が流れない様に上を向き、嗚咽が漏れないように唇を噛んだ。
なんで、謝るかな。
* * *
「よくお出で下さいました。今夜は格別なおもてなしをご用意致しました。どうぞごゆるりと、お楽しみくださいませ。」
日も暮れたころ、嶋本の若旦那が三浦屋を訪れた。女将さん自ら、私の部屋まで若旦那を案内した。若旦那は間違いなく、最高待遇で三浦屋に迎えられた。
「千歳でございます。」
私は、内心びくびくしながら挨拶を済ませる。初めての客が店の最高待遇を受けるような人物なのだから当然だ。
「はじめまして、嶋本栄太郎です。」
若旦那は噂通り、背も高く顔も均整のとれた美しい顔立ちをしていた。品格のあるその振る舞いは、どこかのお武家の跡取りと言ってもおかしくない。
「至らぬところも御座いましょうが、精一杯お世話をさせて頂きます。」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。そりゃあ嶋本の跡取り息子って聞いたら無理もないかもしれないけどね。」
若旦那は私を安心させるかのように気さくに笑った。優しいという噂も、どうやら本当だったらしい。
「御心遣い、痛み入ります。」
「ははは、そんなに畏まらなくてもいいってば。実を言うとね、僕は何度か君を見ているんだ。」
「え?」
「千歳が茶屋でおいしそうに団子を頬張っているのをね。 あんまり無邪気に食べる姿が可愛くってね、茶屋の女将に聞いたらここの娘でもうすぐ水揚げの歳だって聞いたから。」
私は若旦那の告白に顔を赤くした。知らない間に自分を見られていた事や、可愛いと言われていた事が恥ずかしくて、戸惑って口を噤んでしまった。
「じゃあ突き出し(*1)は僕がって言ったら、ここの女将が喜んじゃって。こんな時ばっかり、嶋本の跡取りでよかったなって。」
若旦那は淋しそうに笑った。何か、悩みがあるのかもしれない。もし、私にできることがあれば、なんとなくそう思い私は口を開いた。
「若旦那、何かお悩みでも…?」
「"若旦那"、か。その呼び方はあまり好きじゃないな。どうせだから、名前で呼んでくれないか?」
「はい、栄太郎様。」
「ありがとう、千歳。」
栄太郎様は、そう言って私の手を握った。栄太郎様の手は温かくて、私の冷たい手はほんのりと熱を持った。
「千歳、君は僕のだ。」
穏やかな表情の奥底に、何かを強烈に欲している小さな獣が見え隠れしていた。
栄太郎様、あなたはとてもいい御人です。そんなあなただから、私は遊女だから、私の存在意義を示させて。
「栄太郎様、私でよければ、お好きなようにしてくださいませ。」
耳元で囁いた。その声は自分の声とは思えないほど艶めかしく、また冷やかだった。
その夜、私は初めての感覚に溺れた。
(*1)突き出し-遊女に初めて客をとらせること
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