花舞う街で

□男の見栄
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高杉を追って三浦屋まで来たはいいが、肝心の高杉にはぐらかされ、一緒にいた小夜にはクスクスと笑われた。俺の機嫌はこれ以上ないくらい悪かったのに、頭に石を当てられ踏んだり蹴ったりだ。今日は厄日だと確信した。

当てた本人は焦って謝るが、何だかもうどうでもよくなってきた。俺の素っ気ない態度を怒っていると勘違いしたその女は、饅頭をくれると言った。今の俺にとって"饅頭"というワードはいつも以上の威力を持っていた。


「まじでか!!行く!!お前、気が利くなー。千歳とは大違いだわ。」
「…私千歳ですけど。銀時様。」


ぱちくりと瞬きをした。今目の前にいるこの女が、俺の知ってる千歳ではなくて。


「銀時様、だから女将さんには、」
「お前、千歳か……?」
「失礼な!正真正銘、朝霧姐さんの付き人の千歳です。」


やや不機嫌な目の前の女は、口をつんとさせてそっぽを向いた。この仕草、この生意気な口調、間違いなく俺の知っている千歳だ。しかし今日の千歳は、何故だか化粧をばっちりしているし、着物も艶やかな振袖だ。僅かに高鳴った心臓は、落ち着きを取り戻さんと躍起になっている。

いやいやいやいや…これはいつもと違うからだから。俺が動揺しているのは決して見惚れていたとかじゃなくて、こいつがいつもと違いすぎるから驚いているだけだから!


「そうだ、お饅頭。銀時様、私の部屋までいらしてくださいませ。」
「お、おう。」


千歳は手水場からそそと廊下まで来ると、こちらですよと言って俺を先導した。前を歩く千歳を奇妙な心地で眺めた。下から上へ、順々に視線を巡らせる。


小さな歩幅で歩く小さな足
薄い桃色の地に蝶の刺繍が見事な着物
その横でちろちろとゆれる袂
不思議な結び方の帯


大きく反った衣紋から見える項。


ごくり、と喉が鳴った。


そこから目が離せないでいると、突然千歳が振り返った。心の隅で今一つと思っている自分を急いで否定した。


「銀時様、」
「な、なんだ!?」
「うわっ。どうしたんですか、突然大きな声出して。びっくりしたじゃないですか。」
「あ、ああ、悪い。何でもない、、」
「ならいいんですけど。」


訝しげに見てくる千歳を誤魔化すように饅頭を催促すると、釈然としないといった面持ちで直ぐ横にある部屋に入った。

俺もその後について部屋に足を入れる。千歳はさっと座布団を用意して、手際よく茶を淹れ始めた。そこで俺はふと違和感を感じた。

あれ?おかしくね?

千歳に連れてこられたここは、いつもの朝霧の部屋ではないし、揃えられた調度品などから新造や禿に与えられた部屋とも違う。そうだ。千歳はさっき『私の部屋』と言った。ならここは、本当に千歳の部屋なのだろうか。

だとしたら千歳は、


「銀時様、どうぞ。」
「おー、ありがとな。」


俺の思考を中断させるようなタイミングで、千歳は淹れたての茶と饅頭を出した。
饅頭を一口、また一口、もったいぶって食べる。俺の中で不足していた糖分が体の隅々まで行き渡る間隔に暫くの間浸っていた。半分ほどまで来ると、残りを一気に口の中に埋めた。


「…銀時様、すごく幸せそうですね。」
「たりめーよ。"糖が足らねば戦はできぬ"って、これ俺のありがた〜いお言葉よ。覚えとけ。」
「それ、私にとっては何の価値もない言葉と思うんですけど。」


呆れた視線を寄越す千歳に、俺はきっと睨みをきかせた。しかし千歳は引き下がるどころか、まるで俺を可哀そうな人を見るような憐みの目で見てきた。


「朝霧姐さんから聞きましたけど、ご飯に小豆を乗せて食べるんですもんね、銀時様は。」
「馬鹿にすんなよ!あらァ絶品なんだ!お前も食べてみりゃわかる!」
「分かりたくありません。」
「おっまえなー、客に向かってそんな口利いてんじゃねェェェ!!」


こいつ、ほんっとうにムカつく。生言いやがって、どうーいうつもりだコノヤロー!!


「…、、ないですか。」
「は?」
「いいじゃないですか!!」


千歳は暫く俯いていたかと思うと、急に大声を出した。そして怒りを露わにした顔を俺に向けた。


「お饅頭、食べ終わったんなら出てってくださいよ!」
「お、おい。何そんな怒ってんだよ。」


千歳が珍しく怒鳴った所為で、逆に俺の怒りはするすると萎んでいった。千歳は嫌味はよく言うが、こんな風に声を荒げることはまずない。いつもと様子の違う千歳に不信感を覚えて、保身のための距離を取る。蹴られたりしたら、たまったものではない。


「別に怒ってなんかないですよ。」
「いやいや、怒ってんだろ。」
「だって、銀時様が、」


俯いたまま喋る千歳が妙に幼く見えた。だから俺は、そんな千歳をあやすかのように顔を控え目に覗きこんだ。


「俺がどうしたって?」
「……銀時様を、お客様と思いたくないだけです。」


蚊の鳴くような声で千歳は心の内を絞り出した。俺は、なんだそれと笑ったが、それに反して千歳はより一層顔を歪めた。なぜか悲壮感漂う千歳を、俺は少しの警戒を持って眺めていた。

千歳は口を真一文字に結び、まるで泣くまいと奮闘する子供のようだった。そんな千歳が少しだけ可愛いと思った。少しだけ。

千歳の潤んだ瞳を見て、腹の奥が疼いた。傷など負ってるわけでもいないのに。渦巻く違和感に、腹を摩ってみるが別段変わった様子はない。

その感覚の正体を知らなかった俺に、この時の千歳の気持ちなんて分かるはずが無かった。








 



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