花舞う街で

□とある女の物語
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私は戦争で両親を亡くしました。目の前で天人に殺されたのです。自分を庇って死んだ両親に、罪悪感はあれど感謝はしませんでした。なぜなら、親なくしてはまだ何も出来ない歳だったからです。

両親の死体の側で、私は何日も涙を流しました。やがて私を空腹と喉の乾きが襲い、それが極限まで達した時、これで両親の下へ行けるのだと安心したのをよく覚えています。

そんな時です。私が人売りの男に出会ったのは。男は瓦礫の山から私を見つけると、ニタリと笑ってそこから私を連れ出しました。私が嫌だ、ここにいたいと反抗したら、煩い、黙ってろとお腹を蹴られて私は気を失ってしまいました。

気がつくと私の手と足には鎖が巻かれていて、逃げられないようになっていました。周りを見渡すと、同じ様に拘束された人が沢山いました。そして皆一様に、光の無い瞳で床を見つめていたのです。時たまガタリと音がすることから、私たちは何かで運ばれていることに気がつきました。

そうして私は、三浦屋という遊郭に売られたのです。八つの時でした。

そこで私は、厳しく躾られました。言葉遣いから始まり、様々な芸事などを学びました。私は、必死でそれらを身につけました。その甲斐あってか、私が十四になる頃には、将来有望な期待の女郎と持て囃されるようになったのです。


「千歳、ちょいとそこの笄とっておくれ。」
「はーい。」


私は今"朝霧"という女郎の付き人として、この遊郭で働いています。来年は私も水揚げだから、姐さんの下で働くのもあと少しです。


「ところで姐さん。」
「なんだい?」
「最近よく来るお客って、攘夷志士の人等だよね。」
「そうだよ。なんでも"皆徳党"っていう攘夷党の人が、ここら辺に本拠地を構えたらしいのさ。」
「へー。」


この間、男が10人まとまってきたのはそのせいだったのでしょう。ぞろぞろと来たその人たちは、全員刀を持っていて怖い印象が強かったのですが、話してみると気さくな人たちばかりで、その日の仕事はとても楽しめました。楽しい、という感覚は凄く久しぶりのものでした。


「野風が、イイ男見つけた騒いでたよ。」
「男に辛口なあの野風さんが?」
「大黒ってんだって。あそこの党首らしいよ。」
「あー、あの一番背の大きかった人か。そっか野風さんそーゆーのが趣味なんだね。」
「あら相当入れ込んでるね。」


野風さんは来るお客来るお客に、陰でイチャモンをつけていました。やれ気持ち悪いだの、やれ顔が好みでないだの、時には床での相性のことまで口にすることもありました。その点大黒様は精悍な顔つきだし、夜も凄そうだから、野風さんのお気に召したのかもしれません。

それ以来、皆徳党の人たちは度々三浦屋を訪れました。私たちも皆徳党の面々とはすっかり馴染になり、自分の客ではなくても店の外で会うと必ず声を掛け合う仲になりました。それゆえ、日ごとに亡くなっていく志士の方の為に幾度も涙を流しました。

皆徳党が近くに本拠地を構えてから、半年ほど経った頃でしょうか。朝霧姐さんのお客から、最近若い志士が入党したと聞いたのは。なんでも、私とあまり歳の変わらない青年たちのようです。戦での様子も堂々としていて、とても有望な志士だとも言っていました。

青年の一人には直ぐに会うことができました。高杉晋助という若者が、三浦屋に来たからです。晋助様は小柄ですが独特の色香を放つ不思議な人で、三浦屋の若い女たちは晋助様に気に入られようとひたすらにめかしこんでいました。

その中で晋助様の御眼鏡に敵ったのは、小夜という色白で儚げな女でした。小夜さんの従順そうに見えて気の強いところが、晋助様の心を掴んだと後にある人から聞きました。

もう一人の青年と会ったのは、雨の日でした。ぽつぽつと雨が降る中、傘も差さずにやってきたその人は、朝霧姐さんを呼びました。私は、初めは朝霧姐さんを買いに来たのだと思いましたが、違いました。

その人は、朝霧姐さんのお客が今日の戦で死んだと伝えに来たのです。


「俺の目の前で死んだんだ。朝霧に宜しくってよ。それだけだ。」


青年の瞳の奥底には、悲しみの色がちらついていました。同時に馴染の客がまた一人死んだことに、私と姐さんはまた涙を流しました。


「じゃ、俺ァ帰るわ。」
「ちょいと待っておくれ。」


帰ろうとする青年を、姐さんは震えた声で呼び止めました。


「ありがとうね。銀髪のお方。」
「…坂田銀時だ。」
「そう…。じゃあ銀時様、ありがとう。」
「……また来る。」


青年はそう言って三浦屋を後にしました。目立つ銀髪は、すっかりと雨で濡れています。このまま傘を差さずに帰るのかと思ったら、自然と足が動いていました。


「銀時様!」


銀時様は、呼ぶと直ぐに振り返ってくれました。


「雨に濡れては風邪を召してしまいます。この傘を、使ってください。」
「…ありがとな。けど、今は濡れたい気分なんだよ。お前も濡れるから、さっさと店に戻れ。」


銀時様はまるで私を諭すように笑って答えると、再び背中を向けて今度こそ帰ってしまいました。

おそらくこの時から、私は貴方を好いていたのでしょう。





水揚げ‐遊女が初めて客をとること。





 



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