30000HIT御礼企画
□中型犬、典明
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つい数日前、ちょっとした買い物から帰ってくると腰にタオルを巻いた青年が私の押し入れの中を探っていると言うショッキングな場面に遭遇した
誰だっていきなりそんな状況になったら唖然としてしまうだろう、泥棒か不審者かストーカーか……不吉な単語が頭中を巡る
そんな日常ではほぼないであろう場面に遭遇した私だが、今はそんな青年と共に暮らしている、別に一目惚れだとかそんなぶっ飛んだ理由ではない、彼が私の飼い犬だっただけだ
勿論彼は人間、しかしある首輪のせいで人間になってしまっただけの犬なのだ、もはやファンタジーやメルヘンの世界観だが本当の事なのでどうしようもない
「マスター、昼ご飯できましたよ」
「ありがとう典明」
今となってはこの通り、非日常だったものが日常的なものになっていて飼い犬に昼ご飯を作ってもらう始末
だが"働かざる者食うべからず"と言う言葉に沿って私の飼い犬典明は進んで料理をしている、どこでそんな言葉を覚えてきたのかと思ったが典明は結構色々な事を知っている
もしかしたら典明の方が私より人間らしいかもと思いながら典明が作った昼ご飯を口に運ぶ
「美味しい?」
「……うん、私より上手……」
「それは良かった……この間テレビでやっててね」
「ふぅん……」
典明が昼ご飯の説明をしているのを半分聞き流しながら食事を摂る手を止めないでいると典明は私の方をチラリと見てクスッと笑い出した
人の顔を見て笑うなんて酷いな……なんて思っていると典明は少し頬を赤く染めて口を開いた
「なんだか嬉しいな、こうしてマスターと話せるなんて」
そう言った典明はパタパタと尻尾を控え目に揺らした、少し赤みがかった私の好きな毛の色だ
私は典明の言葉を聞いてなんだか嬉しくなってしまった、自分の愛犬がこんなにも愛くるしい事を言ってくるなんて、私はなんて幸せな飼い主なのだろうと
「私も嬉しいよ、典明と話せて」
「本当かい!?よかった……僕だけじゃないかと思ってた……」
「そんなわけ無いでしょ、私は典明の飼い主なんだから……話せて嬉しい」
典明にそう言いながら頭を撫でると典明はまたパタパタと尻尾を揺らした、典明よ頭はふわふわとしていて人間の髪型なのに犬の毛の感触がする不思議な髪だ
私はしばらくその感触を感じながら典明の髪の毛に指を絡ませ頭を撫でる、典明は時々くすぐったそうに笑いを堪えるがその仕草さえなんとなく愛らしく思う
チラリと典明の首にあるエメラルドグリーンの色をした首輪を見て、これのお陰で典明とこうして話せるのだと実感した
「典明」
「ん?なにマスター」
「私の飼い犬でありがとう」
ある程度ご飯を食べ終え、一口コーヒーを飲んでから典明にそう言うと一瞬驚いたように尻尾を真っ直ぐと立たせてから何回か瞬きをした
そして私が言っている意味を理解したようにクスリと口元を手で隠しながら笑った
「それじゃあまるで、人間の姿の僕が嫌いみたいな言い方じゃあないか」
「そんな事ないから、どっちも頼れる典明だよ」
「……頼れる……ね」
典明の言葉に慌てて訂正をすると典明は少しだけ寂しそうに目を伏せながらそう呟いた
なぜそんなに寂しそうにするのかと思い、典明の名前を呼ぶと典明は何でもないと言った
不思議に思いながらも元々典明はあまり進んで感情を表にださないので私は黙ってコーヒーを飲んだ
思わず美味しいと呟くと典明はそれを聞き逃さず、ニコニコと笑いながらコーヒーの煎れ方の工夫方法を話し出した
それを私は微笑みながら聞き流す、典明は本当によく人間の文化を覚えようとする、いつか本当に私の飼い犬ではなく私の同居人になってしまうのではないかと思ったが、それはそれでいいかもしれないと思い始めてきた