Short2

□融解点
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ドロドロリ……まるで個体が徐々に液体に変わっていくようにソイツの言葉は身に染みていく、気が付いた時にはもう毒されていて抜け出す事は出来ない、奴は毒だ

ある人物の事を誰かがそう言っていた気がする、私の記憶違いでなければの話だが

まあそんな話は今はどうでもいいと思う、どれ程噂を気にしていてもその真偽はすぐに分かるのだから


「ナマエ何を……考えているのかね?」


私の傍で呑気に本を読んでいるコイツ……松永久秀……コイツこそが先程の噂の人物で私を攫ってこんな所に幽閉している奴だ

私はいつも通りその日その日を有意義に過ごしてのんびりと暮らしていた、なのにいきなり目が覚めると見知らぬ個室に幽閉されていたのだ

恐怖やなんかで身体が震え始めた頃松永は私の前に現れてまるで美術品でも見ているような表情でこう言った


「卿はこれから誰の目にも入れさせない、私だけが卿を見るのだ」


なんとも自分勝手で自己中心的な発言なのだと恐怖で埋め尽くされそうな頭でそう思ったのを覚えている

あれから約ひと月経過しているが松永の言う通り、私は松永以外誰も目撃していない、時々私の世話係なのか赤毛の忍を見るが表情が全くないので話もできない

最早声が出ないのではないかと思ってしまった時、松永が本から目を離し私の方を見てきた、丁度良かったのでコイツの会話に参加してやる事にする


「……お前は毒だと、昔聞いた」

「ほほう……ナマエは私の事を昔から知っていたのか、やはりナマエは私の物だな」

「…………誰が」

「私は無論ナマエの事は以前から知っていたよ、そうだなぁ……ここに連れてくるより四、五年は前からか……いやはや歳を取ると記憶が曖昧でな」

「この外道」


会話に参加してみるがどうもコイツの話し方は癪に障る、なにより話しても聞きたくない情報ばかりペラペラと話してくる、四、五年も前から私は狙われていたらしいが正直言って迷惑だ

しかし罵っても松永は運命だのなんだの言って自分が悪いとは一切思ってないようだ


「ナマエ」


松永が一人で話している間立てた膝の上に置いていた腕に顔を埋めていると不意に名前を呼ばれた、ゆっくりと顔を上げると松永は図々しくも私の頬を掴んだ

ガッシリと固定された私の視界には口元を歪めながら笑う松永の顔が見える、ああコイツの目を潰してしまえば私は開放されるだろうか、なんて思いながらボーッと松永を眺める

もうコイツから逃げる事は出来ないのはなんとなく分かる、直感でそう思うのだ、私が抵抗しないのをいい事に松永は掴んでいる手は動かさず指だけで私の頬を撫でる


「やはり……美しいな」

「……」

「是非とも一言名前を呼んで欲しいものだな」


まるで頼み事でもするように言ってくる松永の言葉は噂に聞いていたように徐々に私の耳に染み込んでいく

ドロドロドロリ……言葉と言う個体が液体に変わっていく気がして思わず鳥肌が立つ、嫌な汗が背中を伝い固唾を飲み込んだ

毒されてはいけない、松永久秀と言う毒はきっと猛毒で依存性も強い、一度心を許すともう一度もう一度と入ってくるのを自ら許してしまうのだろう

そうなれば私は二度とここから出る事は出来ない、コイツから逃げる事は出来ないがコイツが死んだあと出る事は可能だ、その際に無理心中されてしまいそうだが……

しかし不可能ではない少しでも可能性はあるのだ、だから松永の毒の侵入を許してはいけない


「ナマエ……人を呼ぶ時は名前を呼ぶのが一番だと思うぞ」

「黙れ、お前は人ではない」

「ハハハ……あながちあの噂は嘘ではなかったようだな」

「……ッ……」

「ナマエ、いつまでも耐えられる物ではないだろう、辛いのなら一度だけ気を抜いたらどうだ?」

「気を抜いたら……お前の侵入を許したらいけない……」


一度だけ気を抜く、その単語に思わず松永の侵入を許してしまいそうになる、だが私はグッと堪えて松永を睨みつける、しかし松永の方は余裕の表情で私を見下ろしているだけだ

一度だけなら大丈夫、ダメだ許すな、たった一度、許したら終わる、気を抜くな、一度だけなら大事にならない、一度だけでいいのだ気が楽になる、松永に呑まれるな

グルグルと頭の中で本能と理性とやらが葛藤し始める、頭痛がしてきて気分が悪くなってきた気がした

こんなに辛いのならいっその事……そんな感情が頭の中で浮かんできた、その直後理性で抑えようとするがどうやら手遅れだったようだ

小さな穴から液体が注がれるように松永の毒が入ってくるのをなんとなく感じた、目の前の松永が笑っているような気がした


「松永……」

「……ナマエ」

「ま……松永……松永、松永」

「こんなに震えて……まるでここに来たばかりの様だなナマエ、大丈夫だそれでいいナマエは私以外見る必要はない」

「まつ……なが……」


口が勝手に動き手が松永の服を掴む、私を抱き締めて子供をあやすように背中を心地よく叩く松永に私はまたしがみつく

最早私は正常な思考が出来なくなり、コイツに頼る事しか出来ない、とてつもない恐怖があの日と同じように頭を埋め尽くす

もう逃げ出せない一生ここから出られない、そんな事を私は頭の片隅で理解して絶望した

ドロドロドロドロ……熱した個体が溶けたようにまた毒が私の心を浸して行った、きっとこの液体は時間が経つと固まって私の心を完全に支配するだろう
 

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