出口はどこでしょう?

□一話
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"ゲルテナ展覧会"近くの美術館でそんなイベントがやっていると聞いた、元々美術系の事は興味がなく初めは行く気なんてなかったのだがゲルテナのファンである友達がチケットを買って一緒に行こうと誘ってきたので、一枚貰い友達三人で行く事になった

だが急に二人の友達と予定が合わなくなってしまい、結局一人で行く事になってしまった、チケットを返そうと思ったが友達はお詫びに好きなように使っていいし、それ以前に自分が持っていても仕方ないと言っていたのでありがたく使う事にした

両親に暗くなるまでには帰ると言ってから家を出て電車に乗る、三駅程揺られると展覧会が開かれている大きな美術館に辿り着いた

管理係にチケットを渡して館内に入ると品のある静かな音楽が鼓膜を揺らした、なんだか空気が私の背筋を伸ばしていく気がする、こういう所は背筋をシャンと伸ばさなければいけない気がするのは私だけだろうか

出入り口のすぐ近くにある受付でパンフレットを買おうと思ったがもう既に若い夫婦が並んでいたので帰りでもいいだろうと思い先に作品を見る事にした、こう言うのは苦手だが折角の機会だ、目を肥やしておこうと思い私は館内を歩き始めた


「へぇ…色々あるんだ……」


歩いて行くうちに空気にも慣れてきて思わずそう呟きながら飾られている展示品を見て回る、"深海の世""心配""精神の具現化""せきをする男"など様々な展示品が目に飛び込んでくる

ゲルテナと言う人はどんな風に物事を見ていたのだろうなんて考えてしまう、芸術はよく分からない私だがなにか惹かれる物がある気がする

"無個性"と言う題名のマネキンのような作品を眺めていると近くにいた男の人がこの作品がどうとかブツブツ言っているので静かに作品から離れた

ゲルテナと言う人物は友達曰くなかなか有名な人だそうでファンも多いそうだ、あいにく私は美術系の物に疎いのでゲルテナと言う名前も友達から初めて聞いた程ゲルテナの知識はない

タロットカードの吊られた男のような物が描かれた絵を見ようとしたが真正面に男の人が立っていたのでよく見えなかった、諦めて奥の展示品も見ようと廊下を歩いた時廊下にある、妙に大きな絵が目に止まった


「……"絵空事の世界"……?」


その絵は他の絵より一際目立つ絵で"絵空事の世界"とタイトルを付けられているその絵は沢山の絵の具が使われていて、パッと見た感じは落書きのように見える不思議な絵だ

だが奇妙だ、友達曰くゲルテナの作品の中で一番大きいのは"深海の世"だ、だがこれは明らかに"深海の世"より大きな作品だファンである友達に間違いなどあるのだろうか

そう思いながら絵をじっと見つめる、なんだか吸い込まれそうな感じがすると思った直後急に館内の電気が全て切れたのか真っ暗になり流れていた心地よい音楽も止まってしまった


「ッ!!!?……なにッ!?」


驚いてしまい慌てて来た道を戻ると、先程までいた"無個性"などを飾っていたフロアは人で賑わっていたのに今は誰もいなく、シンと静まり返っていた

真っ暗な館内を手探り状態で歩いて行く、なんだか急に悪寒がしてきた先程から嫌な空気が身体を包む気がしてならない、それ以前に人が一人もいないのも何か引っかかる、明らかに異常だ


「絶対おかしい……」


そう呟いた後、私は震える足を必死に動かし、やたらと響く自分の足音を聞きながら階段を下りて下の階へ向かった、ふと背後の窓に人影が見えた気がしたがここは二階だ人影なんて普通映らない気のせいだろう、そうと信じたい


「ハァ……ハァッ……」


やはり何かおかしい、急に人が消え、出入り口から外へ出ようとしたが扉はまるで壁のようにビクともせず窓から外の景色すら見えない、私が動くのを止めるとシンとした静寂だけが広がるだけ、こんな事が本当にありえるのだろうか

とりあえずこの異常な状態の美術館を徘徊する事にした、探せばなにか対策法が見つかるだろうと思い歩いていると真っ暗な空間からぼんやりと大きい魚のような絵が見えた、私の中で一番印象に残っているゲルテナの絵だ、タイトルは"深海の世"

初め見た時は吸い込まれそうな絵だとしか思っていなかったが、この状況で見るこの絵の感想は恐怖としか言えない、魚の目が真っ黒でギザギザの歯がやたらと目立つのが恐怖心を駆り立てる


「……こんな状況じゃ、ゆっくり絵を眺める事も出来ないや」


恐怖心を紛らわすために一人でそう呟くが状況は何も変わらなかった、少し怖がりな性格からか手足の震えが酷くなる、一度目を閉じて深呼吸をして落ち着こうとするが静か過ぎて逆に落ち着けない、気のせいか先程から足音のような不気味な音も聞こえていている気がする

どんどん恐怖心が増していく中、必死に頭を動かし状況を整理していく、人はいない、出入り口の玄関を開けようとしたが開かずそれ以前に扉どころか窓も開かない、しかし鍵が掛かっていた訳でもなさそうだ、これではまるで……


「私だけ別の世界にいるような……」


状況を整理した時ふと思った事を呟いて私はすぐその考えをかき消すために首を振った、こんな時に自分で自分を追い込んでどうする


「いや、ないない……そんな事ありえない……ハハハッ……」


情けない乾いた笑いをしてから髪の毛をくしゃりと握り締めるように頭を抱えた、私のこの頭ではこの異常な状況はそうとしか考えられないが、怖いのでそう思いたくないのだ

きっと街全体が停電でもしたのだろう、人は外に出て扉や窓は私の見間違いで本当に鍵がかかっていたのだと少しでもポジティブな方に考えるが、どうも上手く言い訳ができない、人の声すらしないなんてありえないのだから

ならば私はどうしたらいいのかと考えた時、目が暗闇に慣れてきたのか"深海の世"を囲っていた立ち入り禁止のポールが一部欠けるように無くなっていたのが見えた


「……え?……なんで?」


まるで誰かを誘っているように無くなっているポール、床には不気味な青い絵の具で描いたような足跡が絵の前に付いていた


「……まさか」


ありえない事だがとある仮定が頭をよぎり、慌てて空いている部分に近付き身を屈めてゆっくりと"深海の世"の水の絵の部分に触れてみた

すると私の指はまるで水に触れているかのようにポチャンと音を立てて絵の中に指が沈んだ、それと同時に絵に描かれている深海の水は微かに揺れて小さな波紋を作った

絵を触った私の指は確かに濡れていてまたそれが不気味さを増して恐怖心を煽るが私は一旦立ち上がり静かに絵を見下ろした、どうやらこの絵に入る事しか私が先に進む道はないようだ、このままジッとしていてもきっと何も始まらないだろう、行動する事が大切だと昔から言われている


「……すぅ……」


私はこの絵に入る事に決めて息を大きく吸いゆっくりと絵に近付いた、意を決した後は足からこの絵に落ちるだけだ、そう思い私は足を絵に沈ませて少し身体を前に倒してから重力に身を任せた

絵の中に入った瞬間ドプンッとプールに飛び込んだ時のような音が絵の中で響いたのを私は目を瞑りながら聞いていた
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