短編

□満たすもの
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「いってェ…ッ!」



ズザーッと地面に人が転がった。

それはまだ小さな深い紫色の髪色をした少年で、近くには木で作られた苦無のような刃物の形をした物が転がっていた。



「……。」



直ぐにその側にもう一人、鮮やかな赤い髪を揺らした少年が音も無く降り立つ。



「やっぱりお前は強いな。」



敵わないよ、と地に転がっていた少年はへらりと表情を崩し、先ほど上げた声とは裏腹に痛みも感じさせない様子でひょいっと起き上がった。
赤い少年はそんな彼の背中にびっちりと付いた土を何も言わずに払い始める。
その様子に一瞬目を丸くした彼だが、赤い髪の少年に一言「ありがとう」と告げると頭をわしわしと撫で回した。



「お前はさ、話す気ないのか?」
「………(コクン)」
「そっか…お前と話すことが出来たなら楽しいだろうに、残念だな。」
「………。」



ふいに赤い少年に問う。
会うたびにされるのだがその質問に迷うこと無く赤い少年は頷き、質問者は隠すこと無く言葉のように至極残念そうに眉を八の字にして見せた。
問われた方は何故そんな質問をするのか、とでも言うようにただただじぃっと相手を見つめていた。
その視線に耐えかねたか、紫の少年は「気にしないでくれ。」とまたいつものように笑い帰ろうと勧め歩き出す。



「……それじゃ、また稽古付き合ってくれよな!」
「……(コクン)」



森の中を駆け抜け、互いの住処に差し掛かったところでそう声をかけた少年は、ヒュンーーとその場から消えた。


最後に、言葉を残して。



ーーー四代目風魔小太郎の名を継ぐのは、きっとお前だな。






月日は流れいつしか奴の意に反して、四代目風魔小太郎となったのは、奴自身だった。
それを告げられた奴は表情には出していなかったが驚いた様子でいた。
俺からしてみれば、奴がそうなったのは至極当然のこと。
奴には情があるようでないのだ。
誰にでも淡々と同じように接し、浅くとも広い関係を持ち、真意を悟らせない笑顔を振りまく。


奴は名を継いだ翌日雇われ、定期的に帰ってきては金を里におさめ、その度に誰かが伝説の名に恥じない働きをしたそうだと話しているのを聞いた。
そしてごく稀に、俺に会いに来てはあの時の様に笑顔を貼り付け、頭を撫でつけて、主のところへ帰るよと告げて帰って行ってしまう。
毎度の様に聞かれていた話さないのか、と言う問いは、風魔小太郎となった奴がすることは無くなった。





ある日のことだ、そろそろ奴が金を納めにやってくる頃だと言うのに、奴は一向に姿を見せなかった。それから数十日後、奴と任務時行動を共にしていたと言う風間の忍びが金を携えやって来たらしい。
ーー任務は成功したが、四代目風魔小太郎は命を落とした。
里の長にそう告げたのだと人伝に聞いた。
信じられなかった。
何ともしれない感覚にキリキリと胸が痛むのを覚えた。
名も知らないその感覚に、ただ苦しさだけが己を侵食して行った。




気付けば俺の足は奴とよく修行をしたあの場所へと向かっていた。
何故…その疑問は先客がいたことによりゆっくりとその姿を消した。



「………。」
「……四代目様から、言伝だ。」



思わず構えた俺に、先客の忍びがそう言った。
瞬時にこの男が四代目風魔小太郎の死を伝えた者だと判断する。
構えを解き、何故俺に奴から言伝があるのかと首を傾げた。
同時にふわりと高揚した様な気分と、胸にぽっかりと穴の空いた様な気分が浮かび上がってきた。



「…日々の精進を怠ってはならない、と。さすればお前なら良い忍びになれる、と。」
「………。」



それだけか、と思わず拳を作っていた。
高揚していたものは抜け落ち、ただただ胸に空いた穴だけが残る。
気分の悪さにそれ以上何もないなら立ち去ってしまおうと地を蹴ろうとした時だった。



「…お前に会うのを楽しみにしていたのに、と。声を一度は聞いてみたかった、と。……お前は忍びだから心配ないだろうが、嘆くことはせず、己のことは忘れてくれ、と。…彼の方は、最後まで笑っておられた。」
「………。」



男はそう語り俺が去るよりも先に、その場から消えた。
俺は、暫くその場に縫い付けられた様に、動けなくなっていた。




そうだ、何を"悲しむ"必要がある。

奴は忍びだったのだ。

こちらに情などなかった。

俺だって無かった。

そう、無いのだ。

感情など必要ない。

無くしてしまえば良い。

消してしまえば良い。

忘れてしまえば、良い。



そうすれば、この穴も塞がるーー






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