企画書
□ お題:彼シャツ≪一万打記念≫
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昨晩は宿直で帰りが遅かった上に、今日も今日とて午後番である。
休み無し同然なスケジュールに、官舎に戻ってもゆっくりする時間はないだろうと、職場に近い古那屋で一晩を明かしたが、未だに疲れが取れていない。
いっそ早めに出勤してとっとと帰ってしまおうかと、宿を出る時間にはまだ早かったが制服に着替えて朱鳥は食堂に顔を出した。
「おはようございます……」
「おはよーさん」と小文吾の明るい挨拶が返ってくる。
その傍ら、食卓についていた現八はちらりと朱鳥を見やると、すぐに視線を手元に戻し、目玉焼きの黄身を割った。
「乾、それ俺のだ」
「え?」
とんとんっと襟元を叩いた現八の仕草に、襟をつまんで階級章を確かめてみれば、確かに自分のには無い上下の黄色いラインと、星の数も一つ多い。
「ああ。どおりでサイズが大きいと思ったんです」
「そういえば」と言う朱鳥は、今更気づいたようだ。
手は袖の中に収まり、指先だけが覗いている。
肩は垂れ、裾もすっぽりと腰を覆ってしまっていた。
踵を返し、自分のものと着替えるために部屋へ戻りがてら、時間短縮のつもりか、朱鳥は制服のボタンを外しにかかった。
「おい、朱鳥!?」
宿の客に見られたらどうするんだと小文吾がたしなめたが、当の本人はそれをものともしない。
「平気ですよ、中にシャツ着てますから」
言いながら、朱鳥は制服の襟を緩めた。
サイズが違うせいで、それはボタンを一つ外しただけでも大きくずり落ちてしまう。
見ていられないと小文吾は額に手を当て、一方の現八はそれに食いついた。
「だらしがないのはよくないが……。彼シャツか、いいな」
「何言ってるんですか。私達がいつ付き合いましたか?あ、――もしかして、また信乃さんに変なこと考えてるんじゃないでしょうね!?」
あきれた。と朱鳥は大げさに肩をすくめてみせた。
「――違うんだけどなぁ」
「まぁ、兄貴も大変だな」
彼女が立ち去った後の食堂では、二人分の溜息が重なった。