□第一章
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〜遥side〜

「よろしくお願いします。じゃあ次の人」

担任に促され隣に座っていた生徒が立ち上がる。座り手の居なくなった椅子がわずかに浮き、ガタンと音をたてた。

「はぁ…」

両隣に聞こえないように今日何度目かのため息をつく。
もしこのため息が目に見えたとしたならきっと一直線に地面へと落ちていくだろう。それくらい重たい。

嫌々ながら手にしている紙へと視線を向ける。『箸より重い物は持ったことがない』とずいぶん昔、友達だった子が言っていた気がする。
箸より確実に重い物でも楽々と持てる僕だけど、このたった一枚の紙は箸よりも同じ紙を何百枚も使った本よりも重たく感じた。


全国三十八都道府県で展開されている結構名の知れた通信制高校。その中の一キャンパス。五階建ての校舎の四階に僕は居る。

つい先ほど始業式を終え、クラスでのHRの時間。開始時刻よりも少し遅れて教室へと入って来た担任は、挨拶もそこそこに手にしていた紙を配り始めた。それが今僕を悩ませている『自己紹介』の紙だった。

「よろしくお願いします。じゃあ次、菊地さん」
「え…あ、はい」

回ってきてしまった順番にしぶしぶと重い腰を上げる。
皆の目が僕へと集まるのが分かり紙で顔を隠す。注目されるのは苦手…というより嫌いだ。

「菊地遥(キクチハル)です。えっと…得意科目は数学で…」

事前に紙に書いた事を読み上げる。ただそれだけの事でも他人が嫌いな僕にとっては苦痛でしかなかった。

「よろしくお願いします」

自己紹介ではお決まりの一言で締め椅子へと座った。

数分間という短い時間にも関わらず僕の息は上がっていた。手の平にもじっとりと汗をかいている。自然と増える呼吸の回数を吐く事を意識するようにして制限する。今までに何度も過呼吸を起こしてきた為、大抵は未然に防ぐ事ができた。
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