アンソロ作品

□君のほうが似合う
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太陽に向かって座っている梳き髪になった小倶那を見て遠子は驚いたように声をかけた。
「珍しいわね。どうしたの?」
「ああ、遠子」
 普段あまり見せることのない姿に興味を引かれて遠子は小倶那の隣に座った。
「耕していたら土が硬くてね、思いっきり土をかぶってしまった」
 思い出したのか小倶那は困ったように笑った。
 小倶那が土をかぶるところを想像して遠子は面白そうに笑った。
「わたしも見てみたかったわ」
「……見せ物になるつもりはないんだけど」
 小倶那は簡単に髪を手で梳くと黒髪が光の筋となって太陽の光を反射した。
それをじっと見ていた遠子は考えるように顎に手を当てたあと、左右に分けて新たに角髪を結い上げようとしている小倶那を見て遠子は悪戯めいたように瞳が輝いた。
「ねえ、わたしが結ってあげましょうか?」
 嫌な予感がして小倶那の困ったような顔が一瞬だけひきつった。

「大丈夫、いくら不器用でもわたしだって角髪だって結えるわ」
「違うよ、そういう意味じゃなくて……遠子」
「なによ」
 左右に分けた髪は小倶那が動くたびに散らばった。
「ほら、貸しなさいよ」
 小倶那の手から結い紐を取ろうとした遠子は、小倶那の肩に手をついた。
 微かに体重の掛かった肩に意識が行ったそのとき、小倶那の手からするりと紐が抜き取られた。
「ぁ……」
「大丈夫。遠子が腕によりをかけて綺麗にするわ」
 勝ったといわんばかりの笑顔とその言葉に小倶那は複雑な笑顔を浮かべた。
 そこからは早かった。遠子が自分の道具を持ってきて小倶那の隣に並べ出したのだった。
「ねえ、遠子。本当に何をするつもりなの……?」
「髪を結うだけよ?」
 小倶那の後ろに回った遠子は小倶那の少し乱れた髪を丁寧に梳きながら楽しそうに答えた。
「ぼくで、遊ぶつもりではないだろうね……?」
 髪を梳く手が止まった。
 後ろから小倶那を覗き見るようにして遠子はにっこりと笑んだ。その笑顔を認めて小倶那はただじっと待つことを決めたのだった。
 さらさらと流れる手と温かい太陽の光を受けながら、小倶那は少しずつまどろんでいった。
 そうして、小倶那の唇に何かが触れるまで小倶那は自分が寝ていることにも気がつかなかった。
 ゆっくりと瞼を持ち上げると、逆光でわずかに暗い人影を見つけて小倶那は見つめる。それが遠子だとわかると小倶那は優しく笑顔を向けた。
 遠子は気がついた小倶那を満面の笑みで迎えてから、遠子は小倶那に近づいて再び唇をそっとなぞった。
 その感触に驚いた小倶那は呆けたように遠子を見てからいましがた唇をなぞったものの正体を見る。
遠子の中指は赤く染まっていた。
焦ったように小倶那は己の唇に手を触れる。手の甲についた紅を見て小倶那は閉口した。
それと同時に頭をあるべきはずの角髪特有の重さがどこか軽いことに気がついた。そっと目線を下げれば角髪にされるはずの髪の房が未だ降りている。
「……遠子、これ」
「綺麗にできたでしょう?」
 自慢げに手渡された鏡を受け取って小倶那は仕方なく己を映した。
 そこには以前どこかで見たような顔が映った。
「人にやるのは得意なのよ」
 嬉しそうに笑う遠子を見て小倶那は不機嫌そうに眉をしかめた。
(自分でやった方がうまくできたなんて、遠子には言えない……)
 鏡を真剣に見る小倶那を見て、遠子は嬉しそうに小倶那の反応を待った。
(いや、そうではなくて……)
 小倶那は溜息を吐いて遠子を見た。
「……遠子、ぼくはただ角髪を結ってほしかったんだ。どうして女性のように着飾っているんだ」
 怒ったようにして小倶那は挿された櫛を取り外し結い上げた髪を下ろした。そうして手短に梳いてから角髪を結う。
 ついた紅をどうしようかと思案して、そのまま鎮座している遠子を引き寄せた。
「ぼくではなく、こういったことは君がふさわしいよ」
 今までのお返しとばかりに小倶那は遠子の唇を奪った。

「ほらね」
 そう言った小倶那は己の紅が遠子の唇にもついていることを確認すると満足げに眺めてから、見せつけるように己の残った紅を指で拭った。
「ぼくは男なんだよ、遠子。君が知らないとは言わせない」
 小倶那は遠子の唇をなぞると再びゆっくりと唇を重ねた。

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