05/05の日記

18:52
ヤクザ慈郎×医師忍足
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「×月○日、午前零時30分・・・」
また1人患者が死んだ。最近研修医から正式な医師になった忍足侑士は外科というそのスタイルからもう何十人と自分の患者を看送ってきた。たいていその傍らには患者の親族が泣き崩れ、担当医である自分に礼を言ったり又は罵声を浴びせてきたりしていた。が、この患者は大抵の、普通の患者ではなかった。
兄さん、兄さんと屈強な男たちが傍らで泣き崩れ、自分たちの負傷もお構いなしに患者へと寄り叫ぶ。この患者はいわゆる極道者であったのだ。

「次のオペ会議まであと何分あるやろか」
「一時間後です」
「ほんなら喫煙室行ってくるわ。看護師さんらも休憩入ってええよ。」
ザッザッザ。ゴム製の院内靴が廊下を滑る。忍足はポケットに入ったタールの強い煙草を指の合間に挟み、火をつけた瞬間に喫煙室へと入った。どかっと身近なベンチに座り込み、ふはぁ〜っと息を漏らすと煙が共に吐き出される。その煙を見て、また1つ感傷にひたった。

今回の患者は特殊だった。運ばれてきたその瞬間から、手当てに当たった者は全員が気づいたであろう。背中に差し込まれた和柄お大花に撃たれた弾丸が何発も赤を咲かせ、臓器まで貫通していたのも目に見えて明らかだった。
━失敗したわぁ・・・。何で仮眠もっととっとかなかったんやろ
忍足はその患者が運び込まれてくる20分前に仮眠を終え、外科に戻ったばかりだった。もう少し寝ていればこのやっかいな患者に出会わずに済んだというのに。極道者とは線引きをしたい、関西に住む者の恐らく共通認識であるそれは、中学から関東に居た忍足にきちんと根付いていた。どう考えても助からない患者。一応、弾を全て摘出し気道もつなぎ直したりはしてみたものの虫の息なのは明らかであった。

━変な因縁とかつけられへんといいんやけどなぁ

ぷはぁ〜とまた一つ煙を吐いた。と、今まで感傷にひたていた性か気づかなかった人影がそこにあったことも認識した。しかもそれはあまりよろしくないことに、明らかにその筋の人であった。
金髪にいくらか空いたピアス。そして黒にシャツはカラーのスーツ。どちらかというとホストに近い彼は、あの患者が運ばれてきてから看取られるまでずっといた。数えられるほどの1人であった。確か仲間に『ジロウ』と呼ばれていた。

━気づかれへん内に退散しよ
と思ったのも束の間、
「忍足・・・先生だよね?」と声をかけられてしまった。かけられた瞬間にビクゥっと体を震わせてしまったので応じないわけにもいかず、「おん・・・・そうです」と応えた。
「兄貴看てくれてありがとね。あんなに背中キレイになるとは思ってなかったC」
「抜糸はとける糸使ったさかい、お天道さん昇るときにはもっとキレーになっとりますよ」
「うん、そっか。ありがとね」
長い沈黙が流れた。なんとなく席を立てずに忍足は2本目に手を出したが『ジロウ』はまだ1本目のタバコを握りしめている。じっと『ジロウ』を見た。女受けのよさそうな顔と小柄ながらもガッシリした体は本当にホストのようだ。
「アンタは・・・患者さんのとこ行かなくてええんですか」
「なんで?」
「最初っから最後まで看てたのぉてアンタと・・・あと2、3人やさかい行ってあげたほうがええんとちゃいます?」
「う〜ん、どうかなぁ。若頭、ア、患者さんね。内部抗争で撃たれちゃったんだC。だから弔うよりもまずは自分身の振り方考えないと」
「そんなこと一般人に言ってもええんか」
「俺もう足洗うつもりっつうか組から追い出されたも同じだから。派閥争いっつーの?」
━生き急いどるんやろか
堅気の忍足にもわかった。組みの内情を、派閥争いに負けたからといってそんなにもペラペラと喋ってしまうというのは、組に戻る気がないのだということを。この『ジオウ』の綺麗なツラにどんな傷をつくるのだろうか。ジッと顔を見つめた。
『ジロウ』の瞳はどこか虚ろだった。トロンと、していた。加えてくしゃくしゃの金髪とだらしないスーツには色気があった。半開きの赤い唇もまたいやらしさがある。ぷっくりとした唇に、タバコがはさまった。そしてすぅっと吸う。

━んぁ・・・えぇ色気しとるわ

「さっき言ったけどさ、若頭今時刺青なんか入れて。プールにも行けなくなるのにバカだよね。病院も受け入れてくれないと思ったよ」
「一度受け入れた患者さんは突っ返せぇへんからなぁ」
「うん・・・・それでも本当アリガトね。忍足センセ」

━あぁ、

『ジロウ』の涙がスーツにこぼれ落ちた。うつむいてはいるが、声や耳の色から震えていることがわかる。震える肩をさすってやりたかった。が、『ジロウ』の漏れるような男気がそれを許さない。眉間に皺を寄せて、絞り込むように涙を流す『ジロウ』を忍足はほおっておくことができなかった。張り詰めた身体にピチっとした黒のTシャツがこそばゆく触れた。

「俺さ、若頭に拾われたんだ。最初はそりゃ仕打ちもきつかったけど繁華街のシマとか任せてくれるようになって。大学も行ってたし、本当は早く足洗いたかったんだけど若頭の仁義に尽くそうと思ったんだ。でもさ・・・もうそれも無くなっちゃったC!」
ニカっと笑顔を向けた。それこそ昇天でも出来るかのようにその顔は天真爛漫に光り輝く。

━お天道様みたいやわぁ

燦々と照っている。ボーっと『ジロウ』を見つめた。と、『ジロウ』はポケットから出したハンカチでぐしゃぐしゃに涙を拭くと、すくっと立った。
「じゃーセンセ、俺最後に若頭見てくるよ」
「おん、あん人も嬉しがると思うで」
「あとさーセンセ」
「ん?」
「アンタ、俺のシマのゲイバーにたまに来てるよね。俺知ってるよ」

━・・・・はっ?
ニパッと笑って立ち上がった『ジロウ』はそのまま出口まで歩いた。そしてそのまま直進すると思った。が、しかし忍足の前で脚を止め、耳元にそっと唇を寄せた。

「なに俺に簡単に発情してんだよ。このブタが」
「んぁ・・・ん」
赤いぷっくりとした唇からそそり出た薔薇色の舌は忍足の耳の穴にねじこまれた。耳の産毛を濡らし、側面も丁寧にゆっくりと舐めると唇をもう少し下に寄せ、軽くくちづけをする。
ゆっくりと、ゆっくりと。
「なんで・・んっ、そんなことするん」
「いっつもいやらしい顔してセックスの奴隷みたいな雰囲気のクセに先生やってるのがなんとなくムカついたから」
「ふっざけんなや・・・!」
「じゃあ。俺行くから」
「待ちいや」
「なんか話あるんならいつものとこ行ってればいいよ。きっと俺整理に一回は行くからさ」
じゃあ、と『ジロウ』は行ってしまった。呆然となった忍足を残して。

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