04/25の日記

11:54
タイトルなし
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やっぱり歴史の本を読む機会が多いけども何度も思うのは
時代や書き手によってどんどん歴史は変わるってこと。


社会の風潮だって時代によって変わる、
書き手にとっての正義なら善く書かれない訳がないし…

どんどんどんどんいろんな人が
いろんな歴史を語り継いだり
書き記したり、そうしてるうちに
内容だって評価だって変わってくるんだよなー

伝言ゲームだって最後の人に伝わるとき
最初の伝言と全然違うからこそ
楽しかったり勝敗がついたりして
ゲームとして成り立っている訳で…


特に書き手、語り手に関しては
『歴史は勝者が語る』
って刑部さまも言ってたけど
実際三成批判の時代は幕府にあった。

明治以降の見直しがあったから
三成は今忠義に篤い将として知られているけど、
もし見直されなかったら今もまだ批判され続けていた。

悲しくなりますね。


家のために生きた者、友のために死んだ者、忠義のために果てた者…

それでも敗者は悪く語られる。



関ヶ原後の石田村。
ここは石田三成の屋敷があった場所。
石田家の者の排除を徳川から命じられたこの村は、慕っていた石田家の排除をなくなく受け入れた。
毎年の幕府への申請も受け入れた。
それでも墓石を埋めて石田家を慕い続けた村の人たち。
やはり現在の石田村に見た限り石田の名字を持つ人は居なかった。
幕府への申請通り、石田家の者は排除されていた。
でも石田会館が建てられてるのは
今現在も慕われている証拠。
墓石も掘り返されていて、歪ながら墓がある。

私が三成の墓所を訪れて感じたのは
静かな場所に、しかもとても綺麗に手入れされていることから本当に三成への慕情を強く感じた。

村人は誰も三成、と呼び捨てで呼ばず
三成さん、と呼んでいる。

本当に大好きな村。





明治以降の見直し、
現在の垣根なく歴史を見てくれる
歴史学者の方、


そして、美しい歴史を創り出してくれたたくさんの方々、

ありがとう、本当にありがとう。

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