短編
□小さな皇女
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こーえん。
舌足らずな幼い妹が自分を呼ぶ声に思わず頬が緩む。
「どうした?ルーシェ」
振り向いてそう返事してやると、ルーシェは周りに花が散るほどに顔を綻ばせて紅炎に駆け寄った。
『こーえん、あのね、ルーシェね、かんむりつくったの。こーえんにあげる』
「俺に?」
『うん』
小さな手に乗せられているのは白詰草で作られた花の冠。
ルーシェが女官の手を借りずに自分で作ったのだろう、手と服の裾は僅かに土で汚れ、冠は少々不恰好だった。
だが紅炎は指摘することなくルーシェの頭を優しく撫でた。
「すまないな、ルーシェ」
しかしルーシェは喜ぶことなく頬を膨らませる。
『こーえん、すまないなじゃないもん。こういうときはありがとうっていうんだよ』
腕の中から見上げるルーシェは生徒の間違いを正そうとする教師のようで。
その視線に小さく苦笑すると不思議そうに首を傾げる。
『こーえん、どうしたの?』
「いや、何でも無い。ありがとう、ルーシェ」
『どういたしましてっ!』
嬉しそうに再び顔を綻ばせる可愛らしい妹を眺める。
ルーシェは現在五歳になるれっきとした皇女だ。
しかし禁城に住み始めたのは極最近のこと。
ルーシェは現皇帝、紅徳とその側室の間にもうけられた子だったが、母がルーシェを出産した直後に体調を崩し療養を余儀無くされた。
その際にルーシェは母と共に城を離れており、漸く回復した母と禁城に戻ってきたというわけだ。
「ルーシェ、ここでの生活には慣れたか?」
『うん。こーえんとかこーぎょくおねーちゃんがやさしいから』
「白瑛や白龍はどうだ?」
『はくえーおねーちゃんはやさしいけど…はくりゅーおにーちゃんはちょっとこわい』
あ、こーはもこーめいもやさしいよ。
そう付け足すルーシェの表情に嘘は感じられない。
どういう訳か、ルーシェは兄、姉を付けたり付けなかったりと様々だ。
本人には特に拘りはなく感覚らしいのだが、流石に第一皇子を呼び捨てにするのはどうかという議題すら会議で上がっている。
紅炎は好きにさせろと言っているが、眷属たる青龍や楽禁はあまり良く思っていないようだ。
和やかに会話をしていると背後から「紅炎とルーシェじゃねえか!」と声が聞こえてきた。
振り返ると長い黒髪を三つ編みにした青年が愉しそうに立っていて。
何してんの?と話しかけた。
『こーえんにかんむりあげにきたの』
「あーこれ?はははっ、不恰好だなぁ!」
思ったことをそのまま口に出すジュダルを紅炎は諌めるように名前を呼ぶが、当の本人は一向に気にしていない。
ちらとルーシェを盗み見ると傷ついたようには見えず、がしがしと乱雑に頭を撫でるジュダルを只鬱陶しそうにみているだけだった。
『いたい。やめて』
「マギ様に偉そうな口聞くなぁ。なら名前読んでみろよ。ジュダルだ」
『………じゅだう』
「違ぇって。ジュダル。ルだよ。お前まだ言えねぇの?」
『…わるい?』
「別にそんなこと言ってねえけど?ははっ、怒んなってルーシェ!逃げんなよ、こっち来いよ!」
するりと紅炎の腕から飛び降りると遠くに走り去る。
それをジュダルは大人気なく追いかけちょっかいをかける。
神官と皇女の会話風景には到底見えなかったが、どこか仲の良い兄妹を思わせた。
「………」
それを微笑ましく見ていた紅炎だったが、ルーシェが泣き出す前に助けてやらなければと二人が未だ口論している場へ足を進ませた。