短編

□貴方のために
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ごぽり


不吉な音を立てて、口から、腹部から赤い液体が溢れだす。


『なん、で・・・』

「・・・・・・」


それは私ではなくて。

私だったはずなのに、私じゃなくなって。


崩れるように地に伏した彼にふらふらと近づく。


『ねぇ・・・起きて・・・起きて下さい・・・』


地面を彩っていく鮮やかな赤。

それは私の大好きな彼の髪色と似ていて。
それなのに、どうしようも無い吐き気が私を支配する。


『どうして・・・何で、紅覇様・・・!』


寒くもないのに震えが止まらない。

小さく紅覇様を揺すると、彼はゆっくりと目を開いた。

でもその目は宙を彷徨っていて目の前に居る私をはっきりと映してくれない。

焦点の合わない目を只見つめて手を握ることしかない無力な私。


悔しさにぎりっと唇を噛むと鉄の苦い味と共に小さな痛みが広がる。


紅覇様はこんな痛みではない。



『紅覇様、紅覇様・・・。私です。ルーシェです』

「・・・・・・ルーシェ・・・?
怪我は、ない・・・?」

『・・・!
・・・はい、紅覇様が守ってくださったお陰です』

「そっか・・・良かったぁ・・・」


柔らかく微笑む表情は死の淵にいることを思わせないほどの安堵に満ちていた。


「うっ・・・げほっ!」

『紅覇様!』


紅覇様の頭を膝に乗せ、袖で再び溢れだした血を拭う。

服が赤く、真っ赤に染まっていく。


もう紅覇様は助からない。

どこかで、私はちゃんと理解していた。
だからこそ私は泣き叫ぶわけでもなく、一秒でも惜しむかのように只傍にいられるのだろう。

ここが戦場であることも忘れて。


『ルーシェはいつでも、いつまでも紅覇様のお傍におります』


それ以外に何が出来るだろうか。

煌帝国第三皇子たる自らの命を顧みず助けてくれたこの方に。
私は何ができるのだろうか。


きゅっと手を握ると、


「駄目だよ・・・」


弱弱しく振り放された。


「僕のことは、もう良いから・・・。早く・・・逃げて・・・」

『・・・申し訳御座いません。私は紅覇様の傍に居たいのです』

「・・・う、げほっ・・・!なら、第三皇子としての・・・最後の、命令・・・。
僕に忠実なルーシェなら、聞く、よね?」

『・・・そんな・・・!』


縋るように手を握っても再び振り放される。


『紅覇様・・・、・・・紅覇様・・・?』


お願いですから、と目を見つめると――もうその目は光を失っていた。





永遠に。








どうして。


待って。


私を放って行かないで。



『誰か・・・・・・』


誰か、この人を助けて。

私が代わりに死んでも良い。

だから、私を助けてくれた――闇から救い出してくれたこの人を、助けて。


誰かに祈るように願ってもそれは無理な願いだと分かっている。

だけど、私はそうするしかなかった。



「・・・おい、お前」


唐突に聞こえた言葉に、反射的に振り返る。

そこには真っ赤な目をして闇を纏った人が此方を見つめていた。


『神官、殿・・・』


ぽつりと呟いた言葉にはっとする。

そうだ、彼なら、神官殿なら紅覇様を生き返らせる術を知っているかもしれない。


『神官殿、紅覇様が・・・!』

「紅覇ならもう死んでるんだ。どうにもできねぇぜ?」

『・・・・・・そん、な・・・』


微かな希望さえも無情に、無慈悲に打ち砕かれる。

只呆然とする私に。

神官殿は近づくと髪を勢いよく引っ張った。

痛・・・っ、と小さく呻き睨むと、神官殿は妖艶に笑っていて。


「なぁ、お前・・・憎いか?」


そう呟いた。


『憎い・・・?』

「そうだ。運命が憎いか?紅覇を殺した、紅覇が死ななければならない運命を恨むか?」

『運命を、恨む・・・?』


紅覇様が死んだのは運命の所為?

運命がこうじゃなければ、紅覇様は死ななくて良かった?


心の中に疑いが生じる。


虚ろな心に、神官殿は甘い甘い言葉を滑り込ませる。


「お前が運命を呪うなら――“俺たち”が力を貸してやる」

『私は・・・』


憎い。

運命が、憎い――!!



ビィィ!!と黒い鳥が羽ばたくのが一瞬目に映る。
けれどそれは一瞬で消えてしまって。


決意を秘めた目で神官殿を見上げると、彼は満足そうに笑った。


「ようこそ――こちら側へ」


差し伸べられた手は、これからの私の人生そのもの。




私の所為で死んでしまった貴方のために、私は少しでも餞を。

運命に、復讐を。



すっかり冷たくなった紅覇様の手を強く握ると、神官殿の手を取った。


 

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