夕焼けの向こう側

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「・・・・・・分かりました」


長い沈黙を先に破ったのはジャーファルさんだった。

彼はするりと手を伸ばすと私の頭を優しく撫でた。ちらりと赤い紐が視界を掠める。


「私は幼い頃、暗殺者でした。今貴女を撫でているこの手で、何人もの人を殺めた。

そしてとある時、一人の少年の暗殺を依頼されました。私はいつも通り夜が更けた頃に少年を暗殺しにむかいました。
しかし暗殺は失敗し、私はあろうことか顔を見られてしまいました」


『・・・・・・』


くい、とジャーファルさんの袖を引っ張る。

なんですか?とこちらを見つめる眼差しは古い記憶への懐かしさと苦しさを秘めていた。


一方私はある種の罪悪感に苛まれた。

ジャーファルさんに無理を言って昔の過去を話させたのは私だ。
でも、苦しい顔をさせたいが為に話して欲しかったのではない。ジャーファルさんをもっともっと知りたくて、聞いたのだ。


――こんな顔を、してほしくない。



「・・・オリシア、私は大丈夫です。


だから、そんなに悲しそうな顔をしないで下さい」



・・・え・・・・・・?


ジャーファルさんの澄んだ瞳には、顔を歪めた自分が写っていた。


「貴女の事ですから、聞いた自分を責めているのでしょう?貴女は悪くありません。私が決めたのですから。

私は、オリシアにそんな顔をしてほしくありません」



同じ、こと。

ジャーファルさんは、私が彼に抱く思いと同じ事を思っていてくれていた。


そんなことが、嬉しい。


ジャーファルさんの頬に手を滑らせる。
ジャーファルさんはくすぐったそうに目を細めて、再び口を開いた。


「その、私が始めて暗殺に失敗した少年が私が一生尽くすと決めた主です」


以前教えてもらったシンドバッドさんがその人らしく、いわゆる「じょうし」にあたるらしい。

ジャーファルさんより、じょうしの方が偉いらしい。


「今は暗殺はやめて、シンが南の島につくった国で文官をしています」

『・・・?』


みなみのしま?


「ああ、南の島というのはここから遠い所です。暖かい国で、こことは異なる文化です。
いい人ばかりですよ」


新しく、南の島というものを教えて貰う。

新しい知識に嬉しくなったとき、ふとジャーファルさんはいずれその国に帰ってしまうことを思い出す。


ジャーファルさんはいつ帰ってしまうのだろうか。

それが気になったけれど、私にはその心配すら私には許されていないことだという事も同時に思い出す。






だって、






私はもうすぐ死ぬのだから。

 
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