テニスdream
□臆病者
1ページ/1ページ
「長太郎は優しすぎるよ…」
君が泣いたのを、俺は初めて見た。
いつも強がって弱さを人に見せようとしない君が、流れる涙を隠さなかった。
「嫌なら嫌って言ってよ…私の気持ちだとか、私の幸せだとか言う前に…っ」
そんな君に俺は何も出来ない。
抱きしめてあげる事さえ、涙を拭ってやる事させ、君に触れる事さえ出来ない。
ただ立ち尽くす。
「好きなら少しは怒ってよ……」
君が他の男と並んで歩いていたのを見て、親密そうに寄り添っていたのを、息がかかりそうなほど顔を寄せ合っていたのを、俺は黙って見ているしかなかった。
どす黒い感情が自分を取り巻いていく。
抑えきれない衝動で何もかも壊してしまいたくなる。
深い海の底に突き落とされたような、絶望と孤独。
なのに俺の体は動かなかった。
見て見ぬふりをした。
「ごめん…」
「何で謝るの、悪いのは私なのに…長太郎は何も、悪くないのに」
君がたとえ他の男を好きでも、俺の事をもう愛していなくても、それでもいいと思った。
誰と居ようが何をしようが全て赦せた。
「ごめんね長太郎、…ごめん、本当に、ごめんなさい……っ」
でも、こんな風に君が泣くなんて、思わなかったんだ。
ずっと怖かった。
君を愛し始めた時から。
君を好きになっていく事も、君にいつか嫌われてしまう事も。
だから優しいフリをして。
君に嫌われないように。
なのに愛しい君を、こんなにも悲しませていたなんて、知らなかった。
「別れよう」
きっと俺は、君を本気で愛する事さえ怖かったんだ。
俺が最後に君に告げた言葉は、今まで苦しめてきた最愛の人への、せめてもの罪滅ぼしだった。
泣かせてしまった事への。
君に嫌われる為の。
もっと上手に愛したかった。
君を強く抱きしめて離さなければ、良かったのに。
そんな思いはもう永遠に君へ届きはしないだろう。
臆病者
(俺はただの臆病者だよ…)