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□シータ・バースト
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茜色の空も、打ち寄せる波の音も、
いつものように心を静めてはくれない。



いや、俺の心が静まらないだけなのか。





…そうかもしれない。





何しろ、こんなに何かが『恐い』なんて、

生まれて初めてなのだから。
 
 自分で言うのもナンだが、俺は自分には自信がある。


顔も頭も悪かねぇし、身体能力だって、この学園でも引けは取らねぇ。
腕っ節だって(あのクソ親父以外には)負けたことはない。


だから、何でも自分一人の力で切り抜けられる自信があったし、
事実、そうしてきた。



――― けれど。



あいつ――伊藤啓太が転校してきてからこっち、何かが狂い始めたんだ。


跳ね橋事件、退学勧告、サーバー棟への怒鳴り込み。

そして、MVP戦。




最初は、元気と素直が服を着て歩いてるようなあいつが好ましくて、危なっかしくて、いろいろと構っていた。

理事会の理不尽な退学勧告に腹が立ったのもそうだが、
俺自身、そんな啓太がしょげかえっている姿を見ていられなくて。


もう一度、笑わせたかった。


出会って一月にも満たないのに、
こいつは笑ってなきゃいけねぇんだって、思った。

啓太の奴は、すぐに弱気になったり、かと思えば意外に逞しかったりと、見ていて飽きない。


ああ、そうだ。
釣りに行った時には、最初は啓太を励ますつもりだったのに、
終わる頃には俺の方が楽しんでたっけ。

釣りにはたいてい一人で行くし、学園に入ってからは誰も誘ったことはない。
むしろ一人の方が気楽だったからな。

けれど、啓太が隣にいるとなぜか楽しくて、饒舌になって、
弟がいたらこんな感じだろうかと思ったんだ。

弟でなくても、こいつとは良いダチになれるだろうってな。




でも、MVP戦を通じて、その思いはどんどん成長していった。


一回戦勝ち抜く度に、啓太に笑顔が戻っていくのが嬉しくて、
もっと見てえって思った。

猫が苦手、なんていう情けない姿を見られて、らしくもなく落ち込んだ。

2回戦の後、これでまたあの笑顔が見られると、浮かれて目を離した隙に、啓太を掠われ、
あれほどの焦燥感と自己嫌悪は初めてだった。

啓太を見つけられた時は、心底ほっとするのと同時に、こいつをこんな目に合わせやがって、と、
殺意に近い怒りも覚えた。
もし、あの時ボイラー室に犯人がいたら、手加減できたかわからない。


啓太を庇って鉄パイプの下敷きになった俺に、
自分より俺の事を心配してくれるのがくすぐったくて、照れ隠しに、ぶっきらぼうに、
タテマエのような言い訳を並べたのを覚えてる。


たぶん、もうそこで半ば惚れちまってたんだろうな。


「弟」で「ダチ」のはずのあいつに。




だから、翌夜の仕事帰り、外灯の下で啓太が俺を待っていた時に、
弱音を吐くあいつを元気づけながら、

「ああ、もうダメだ」と、思った。




啓太を思い出す度に、
声を聞く度に、
顔を見る度に、
果ては誰かの口から、その名前が出る度に、

郁ちゃんには「毛が生えているに違いない」とお墨付きの心臓が、

らしくもなく跳ね上がる。縮こまる。


きっと、俺が寝ている間に胸からこっそり取り出されて、今は啓太の掌に握られているに違いない。
 
 
  三回戦の後、あいつを抱きしめた感触がまだしっかりと腕に遺っていて、

そこからじわじわと、首をもたげてくる感情。



…欲望と呼んだ方がしっくり来るのは、もう取り返しのつかない所まで落ちた証拠なのか。




分かってる。


分かってるんだ。




普通じゃないって事も、


告げればどうなるのかも。



先輩として、生徒会長として、兄貴として、友人として、
当たり前のように向けられていた、信頼を湛えていた瞳が嫌悪に曇る様が、ありありと浮かぶ。

拒絶の言葉を思えば、腹の底から震える程恐いくせに、


それでも




生まれかけてた友情と刺し違えてもいい、なんて、




どうかしている。













 
 
さくさくと、砂を踏む音が間近に迫る。





―― 審判の時は近い。





《END》
 
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